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PCIe 4.0対応SSDコントローラーを超短期で製品化、Phisonの会長に開発秘話を聞いてみた

次世代SSDは7GB/sがターゲット、AMDの依頼に応えるためエンジニアはフル稼働 text by 石川ひさよし

 世界初のPCI Express 4.0対応SSDコントローラを投入したPhison Electronics(以下Phison)。第三世代Ryzenの発売に合わせ、複数メーカーが同社製コントローラを搭載した超高速SSDを発売している。

 今回、そのPhison Electronicsの会長を務めるK.S. Pua氏が来日し、そのタイミングに合わせインタビューを行うことができたので、その模様をお届けする。

 また、日本のメーカーではCFD販売がPhison製コントローラを搭載したPCI Express 4.0対応SSDを販売しているので、CFD販売との関係性に関しても聞いてみた。

ストレージコントローラチップに特化し成長してきた台湾のファブレス企業

――Phisonという名前はSSDコントローラとしては比較的最近になって耳にするようになったと思います。そこでPhisonのバックグランドや業績、主力製品について教えて下さい。

Phison Electronics Corp. Chairman & CEOのK.S. Pua氏。

[Pua氏]Phisonは2000年に当初5名で設立しました。本社は台湾の新竹市にあります。従業員1,800人中1,300人のエンジニアを抱えるストレージ技術に特化したファブレスメーカーです。

 自社ブランドでのSSD生産は行っておらず、あくまで回路設計が業務の中心です。ストレージ向けのコントローラチップとしては、SSD向けをはじめ、USBフラッシュメモリ向け、SDカード向け、工業用/産業用向けなど、幅広いジャンルの製品を開発しています。

 SSDという形では自社ブランド製品を販売していないので、Phisonという名前は一般の方は馴染みがないかもしれません。しかし、昨年の実績では3,600万個のSSDコントローラチップを出荷しており、この業界で現在3~4位のシェアを得ていると見積もっています。2019年は5,000万個のコントローラチップの出荷を目標にしておりまして、これが達成できれば業界2位への浮上も夢ではないと思っています。

PCI Express 4.0 x4対応SSDコントローラチップの開発は「ミッション・インポッシブル」

世界初のPCI Express 4.0 x4コントローラ「PS5016-E16」。

――今回登場したPCI Express 4.0 x4対応コントローラの「PS5016-E16」ですが、どのような経緯から開発がスタートしたのでしょうか。

[Pua氏]2018年8月にAMDを訪ねた際、ほかのSSDコントローラメーカーとともにPCI Express 4.0 x4対応SSDの開発について打診されたのがきっかけです。

 その場ではあまり乗り気のメーカーはなかったのですが、AMDからは「ゲーマーはDRAMの性能が10%向上すればそれを喜ぶもの。SSDがPCI ExpressのGen3 x4からGen4 x4になって、10%性能を向上させることができればきっと喜ばれる」と説得されました。

 この話を持ち帰った時、我々のマネージャー達も当初はあまり乗り気ではありませんでした。これから立ち上がる市場のためまだ大きくは無いことと、当初は高コストな製品になることが予想されたからです。

 ただし、技術的にはそこまで難しいものではありませんでした。我々は3年前、PCI Express 4.0がPCI-SIGで策定されたあたりから技術研究を社内で進めており、その下地はできていました。

 2週間かけて打ち合わせを重ね、開発陣を説得し、最後は会長である私が決断を下しました。我々がPCI Express 4.0 x4コントローラを開発する高い技術があることを世の中に証明しようと説得しました。

「PS5016-E16」を搭載するPCI Express 4.0 x4対応SSDは、第三世代Ryzenと同じ日に販売が開始された。
PCI Express 4.0 x4対応SSDを正式サポートする、AMD X570チップセット搭載マザーボード。

――2018年の8月に開発スタートが決定したとなると、スタートの時点でほとんど時間が無い状態だったのですね。

[Pua氏]マネージャー達の説得も大変でしたが、それからがもっと大変でした。2018年9月には実作業がスタートしていましたが、AMDからはまず2019年1月のCES 2019でコントローラを展示したいので、そこまでに間に合わせて欲しいと要望をもらいました。開発期間はほぼ無く、まるで“ミッション・インポッシブル”です。

 しかし、我々も「どんな難しいミッションでも精一杯やりとげる」をモットーとしており、なんとかCES 2019で世界初のPCI Express 4.0 x4 SSDのワーキングサンプルを展示することができました。これにはAMDの上層部も相当驚いていました。

 CES 2019終了後、今度は7月7日の第3世代Ryzenのリリースに合わせて製品を出荷して欲しいとAMDから要求されました。SSDはコントローラチップだけがあっても製造できません。例えば、CFD販売のモデルであれば、我々がコントローラをCFD販売に出荷し、そこからはCFD販売の開発チームが最終的に販売するSSDの開発をスタートさせ、その開発が終了した後に量産出荷することになります。

 このため、我々は7月7日よりもかなり早い段階で製品版のコントローラを最終的にパッケージとしてSSDを販売するメーカーに出荷する必要がありました。台湾は2月に入ると旧正月で長期休暇がはいってしまうので、その前にTSMCにコントローラチップの製造を依頼し、同時期に東芝メモリにも「PS5016-E16」の製造開始を伝え、PCI Express 4.0対応SSDに使用する高速タイプのBiCS4 NANDフラッシュメモリチップの製造を依頼しました。

 そして、COMPUTEXを迎えた5月末、なんとか30万個のコントローラチップと、それに対応するNANDフラッシュメモリの確保が完了し、7月7日に新型Ryzenと同時発売が実現することになります。

PCI Express 4.0 x4対応SSDは“次世代SSD”として華々しく市場に投入され、現在もニーズは高いという。

――技術の下地はあったとはいえ、スケジュール以外でも開発で苦労したことは多かったのではないでしょうか。

[Pua氏]スケジュールを除くと、一番苦労したのはエンジニアが寝る暇もなかったということになるかと思います(苦笑)。

 先に申し上げましたとおり、設計・開発には難しいところはありませんでしたが、AMDからのスケジュールの要求が矢継ぎ早といった感じでしたので……。今年の旧正月は、本来9日間の休暇となるはずだったのですが、エンジニア陣は2日間しか休みが取れず、各人の家庭内でも不和があったという話も聞いています。

 いろいろあったものの、業界をリードしてPCI Express 4.0 x4対応コントローラチップを出荷できたことは、各方面にPhisonの技術力をアピールできたと思いますし、実際、世界中の大手システムメーカーにPhison製品を採用いただくきっかけにもなっています。

 一方、「PS5016-E16」の開発費用は1,800万ドルにも膨らみました。この開発費用を回収するのは並大抵のことではありません。宣伝と割り切るには巨額の費用ですし、コストをかけたぶん利益を得る必要もあります。

 幸い、AMD第3世代Ryzenの人気に合わせ、「PS5016-E16」搭載SSDも北米市場を中心に大きなデマンドを生んでいます。想定以上のニーズがあり、8~9月はNANDフラッシュチップの確保が間に合わないくらい好調です。

次世代コントローラではリードライトともに7GB/sがターゲットNANDチップの駆動周波数を向上させ、発熱も改善

Phisonの資料によると「PS5016-E16」の公称値はリード5,000MB/s・ライト4,000MB/sとされている。
東芝メモリのNAND「BiCS FLASH」。現在のSSDは500MHzや800MHz動作の製品が使用されているが、将来的に1,333MHzや1,600MHz動作の高速なNANDが登場することで、SSDはさらに高速化が可能という。

――「PS5016-E16」の性能や今後について教えて下さい。まず、PCI Express 4.0 x4の帯域は64Gbpsに拡大しました。現在、「PS5016-E16」搭載SSDの性能はシーケンシャルリードで5GB/sとなっていますが、SSDの性能は今後どのように向上していくのでしょうか。

[Pua氏]PCI Express 4.0 x4向けには、800MHz駆動のNANDを採用しています。これまでのPCI Express 3.0 x4製品ではおよそ533MHz駆動のNANDでも性能的には十分でした。NANDチップの技術進歩によりますが、今後は1,333MHz駆動のNANDなどが採用され、さらに高速化していくのではないでしょうか。

――「PS5016-E16」搭載SSDで衝撃だったのはヒートシンクの大きさです。マザーボードのM.2スロットにも大型ヒートシンクが採用されるようになりましたが、やはりM.2 SSDの課題は熱にあるように思われます。熱についてはどのようにお考えでしょうか。

[Pua氏]基本的に高速なSSDでは熱問題から逃れることはできません。そしてそれを解決できるとしたら、コントローラチップの製造プロセスの微細化ではないでしょうか。

 次世代のコントローラチップでは12nmプロセスを採用する予定です。加えてIPパターンやハードウェア設計の改良などを組み合わせ、熱問題に取り組んで行こうと考えています。

――次世代チップという話が出ましたが、どのような製品になる予定でしょうか。

[Pua氏]「PS5016-E16」の後継として我々は現在「E18」の開発を進めています。おおよそ2020年のQ1までに開発、Q4ごろに製品出荷というスケジュールで進めており、現在ICデザイン、技術開発を進めています。NANDチップについても、1,600MHz駆動までサポートを拡大する予定で、性能向上も目指しています。ターゲットの速度はリード・ライトともに7GB/sを予定しています。

創業間もなかった頃のPhisonと東芝との間に結ばれた絆CFD販売とは2002年から製品開発で協力

「PS5016-E16」コントローラ搭載のM.2 NVMe SSD「PG3VNF」。PCI Express 4.0対応でCFD販売のSSD製品としては最高速モデルとなっている。
CFD販売は、Phisonコントローラと東芝製NANDフラッシュを採用したSSDを多数販売している。

――今回CFD販売からPG3VNFシリーズとして「PS5016-E16」搭載モデルが発売されました。CFD販売は以前からPhison製コントローラ搭載SSDを販売していますが、両社はどのような関係にありますか。

[Pua氏]CFD販売とのお付き合いは2002年から、正確にはメルコホールディングスグループの「バッファロー」のUSBメモリ製品からはじまりました。その頃から製品開発の協力を今日まで行っており、PhisonにとってCFD販売はすでに日本国内でもっとも重要な顧客と呼べるまでになっています。

――「PS5016-E16」を搭載したCFD販売のSSDはいつから開発がはじまったのでしょうか。

[Pua氏]3~4月には概ねの枠組みが決定し、製品が製造可能になったのは、5月のCOMPUTEX TAIPEI 2019で実際に製品を展示してからです。

――気になっていたのですが、Phison製コントローラのSSDの多くが東芝メモリのNANDフラッシュメモリを採用しています。Phisonと東芝メモリとの間にはなにか繋がりがあるのでしょうか。

[Pua氏]もちろん、東芝メモリのほかさまざまなNANDメーカーとの最適化を行っておりますが、東芝メモリとは少し特別な関係にあります。

 東芝(現東芝メモリ、2019年10月にキオクシアに社名変更予定)との関係は2002年からはじまります。この2002年Phisonは創業以来の危機(2002年、PhisonはSilicon Motionから訴訟を起こされている)を迎えていましたが、東芝の出資により危機を脱することができました。東芝にはこうした恩義があります。

 また、東芝のBiCSシリーズの高い信頼性も挙げられます。我々の評価では、BiCSシリーズは世界最高峰のクオリティがあると思っています。こうした点で、検証や最適化といった点で東芝製NANDチップを高いプライオリティに設定しています。

 今回、「PS5016-E16」コントローラ搭載SSD製品を製造・出荷するにあたり、大量のBiCS4 NANDフラッシュメモリチップが必要になりましたが、それにも応えてくれています。東芝から東芝メモリへ会社が変わったとしても、東芝に在籍していた方の多くがそのまま移籍しています。我々の関係は今後も変わることはありません。

ひたすらストレージ技術の向上に向かい合うことでユーザーに還元

インタビュー会場にはPua氏だけでなく、Phisonの関係者も来場していた。

――最後に日本のユーザーに向けて一言いただけますか。

[Pua氏]繰り返しになりますが、Phisonはストレージの技術の開発に集中したいので、自社ブランドのストレージ製品をを持っておりません。

 エンドユーザーへの販売に関してマーケティングを行わないかわりに、ストレージ技術の開発に全てのリソースを注ぐことで、現時点での技術力開発力は世界トップだと信じています。

 日本のユーザーの皆様にも、引き続きCFD販売をはじめ各社とよい関係を維持していきたいと考えています。我々は我々の顧客に、そしてエンドユーザーの皆様のために、よりよいストレージコントローラの開発を続けていきたいと考えています。

――ありがとうございました。

[製作協力:CFD販売]