特集、その他
質感を3D印刷で表現、革や毛糸も「印刷」する「カシオアート」とは?
キャプテンハーロックから魚拓まで Text by 藤山 哲人
(2013/10/9 14:30)
裸眼3Dディスプレイに3Dプリンタ、3Dビデオカムなど世の中3Dと名のつくモノであふれてきたが、そこに登場したのがカシオの3D絵画「カシオアート」。
これは、簡単に言ってしまうと、盛り上がった立体造形による「超立体的に見える絵」だ。
……と、そんな中、劇場版キャプテンハーロックを見に行った筆者の友人からメールが来た。「カシオアートっていう3Dアートのハーロックが超スゲーぞ!」というのだ。写真も添えられていたが、「写真だと伝わらないから、とにかく見てみろ」という。なんでそんなメールが来るかというと、筆者がいい年こいてアニメファンであり、理想の女性はメーテル、助手席に乗せてドライブするなら森雪、一緒に暮らすなら1000年女王、踏まれたい女性はエメラルダスというぐらいダメ人間だからだ(苦笑
時を同じくしてAKIBA PC Hotline!にカシオアートの記事が公開され、カシオに取材に行くという話を聞きつけた!いつもは家電Watchでモバイルバッテリーやら炊飯器を実験しているが、んなことやってる場合じゃねー!ということで、自ら志願してカシオに乗り込んだ。
「質感」まで楽しめる印刷技術「これまでにないアート」を目指して
カシオアートを手がける事業所は、東京都立川の近くにある。同事業所では、企業のノベルティや記念モデルとして発売されるGショックやEXILIMなどの特殊印刷やレーザー加工などを行っており、いわば特殊印刷のプロフェッショナル集団だ。
とはいうものの、「カシオ」で思い浮かべるのはデジカメや電子辞書、Gショック、電卓など。なぜアート分野をやり始めたのだろうか? まずはそこから話を伺った。
[木村氏] カシオは1995年にQV-10というデジタルカメラを発売しました。おかげさまで大ヒット商品となり、多くのお客様にデジカメで写真を撮る楽しみを提供できました。
次に私たちが着手したのは、映像変換です。撮った写真を水彩画や油絵、ポップアートなどに変換できるソフトやアルゴリズムを開発し、Web上で「カシオイメージングスクエア」というサービスを展開し、最終的にはその後のデジカメなどに搭載しました。
さらに、その次として、加工した写真を印刷したいというお客様のご要望に応えるべく、人気のハガキ&フォトプリンタ”プリン写ル”に映像変換技術を搭載。写真を“見て楽しむ”手段をお客様に提供するようになりました。
カシオアートはこうした流れの中で生まれてきた技術で、“見て楽しむ”から一歩進めた画像コンテンツの楽しみ方を提供したいと考えています。
デジカメから始まるカシオの画像コンテンツに対する考え方とソリューションの推移を説明してくださったのは、カシオ計算機のデジタル絵画事業部 木村 哲氏だ。
1995年に発売されたQV-10は、使いやすさや機能、価格のバランスがよく、今のデジカメ市場を作ったといってもいい製品。当時はインターネットの幕開けで、人々はパソコンに画像を取り込む手段を探していたところに、ポンとデジカメが現れたのだ。売れないワケがない。
画像変換サービスのIMAGING SQUAREは、現在サービスを終了しているが、これはデジカメやプリンタのCPU性能が向上し、撮影時や出力時に画像変換をリアルタイム処理きるようになったため。つまり、現在のカシオのデジカメなど搭載されている画像処理メニューは、IMAGING SQAREの映像変換技術そのもの。
そして年賀状作成に便利なハガキ&フォトプリンタ「プリン写ル」は毎年末、売れ筋ランキング上位にくいこむヒット商品だ。
さて、こうした背景のもと、生まれてきた「カシオアート」だが、作成方法が異なる2タイプの3D絵画がある。どちらも立体的な絵を額に収めたものだが、技術だけでなく、表現できる内容も違うという。まずは、それぞれの概要を聞いてみた。
3Dプリンタで厚さを表現する「3D」技術
[木村氏] 1つ目の技術は、3Dプリンタで出力した“3Dレリーフ”というものです。石膏を接着剤で積層して造形する方式で、フルカラーの3Dプリンタを使った出力になります。3Dプリンタを使いますので、10cm近く飛び出したレリーフが作れます。3Dプリンタで出力しますが、元データは2Dのイラストや写真でもかまいません。
2D→3Dデータ変換は“カシオイメージングスクエア”で培った画像処理システムを使って、ほぼ自動で3D化できます。最終的な手直しやバランスの調整は人手によって修正も可能です
カシオが現在発売している3Dレリーフは、サンリオのキティーがモチーフになったもの。額の中では5cmほど浮き出したキティーの肖像画がレリーフとなっている。絵画が3Dになって飛び出しているというもの珍しさもあり、展覧会や展示即売会などでは人気を博しているという。
元の2次元の絵がCGの場合は、元から立体的に見える陰影がリアルに描かれているので、3Dレリーフにするとさらに立体感が増す。元絵の質に大きく影響されそうだが、アニメのような影がグラデーションになっていないイラストなどでは、立体感をさらに引き出せそうな感じだった。
試しにエッシャーでおなじみの不思議絵などを3Dレリーフにすると画像変換や仕上がりはどうなるのかを聞いてみたところ「未経験なので、やってみないと分からない」ということだった。ただ「面白いのでさっそく試してみます」ということだ(笑)。
微妙な厚さで質感を表現する「TD」技術
もう1つの3D絵画「TD印刷」というものはどんな絵になるのだろう?
[木村氏] TDとはThermal Distendのことで、熱を加えることで膨張する特殊用紙を使い、絵に立体感を持たせる印刷技術です。Tシャツなどでアイロンがけすると膨らむインクがありますが、同じような原理を使っています。
違いは膨らむ度合いを制御して、油絵の筆やナイフのタッチ、革や木、レンガといった素材の質感を表現できる点です。3Dレリーフのように何cmも盛り上がらせることはできませんが、100段階以上に調整できる厚さ表現を使い、油絵をより油絵っぽく見せたり、毛糸や革といった素材感を表現することができます
TD印刷に驚かされるのは、油絵独特の筆やパレットナイフのタッチだ。
さほど高くは盛り上がらないものの、あたかもそこに絵の具を盛ったかのように、立体感のあるタッチが再現できている。またキャプテンハーロックのTD印刷では、ハーロックのつなぎの質感が革そのものだ。印刷面を触ることができたが、その感触も革そのものだった。驚かされるのは、その緻密さだ。革と革の縫い目の細かいステッチまで再現されていること。なめされて滑らかになっている革、ヒビが入った硬い革などの質感が再現されている。
[木村氏] カシオアートのTD印刷では、CGでよく使われるテクスチャを使っています。ただCGで言うテクスチャとは違って、滑らかな革の凸凹、硬い皮のひび割れた凸凹、レンガ表面の凸凹などです。つまりCGと同様に絵の質感をよりリアルにするために、凹凸のテクスチャを貼っているというわけです
一般的な絵画に手を触れるなんて言語道断だが、カシオアートは触っても楽しめる絵画と言える。カシオアートで販売している3D絵画は、額縁に入っているものもあるが、TDは額にガラス(アクリル)をはめていないものもある。あまり強く触ると傷ついてしまうおそれがあるが、チャンスがあればその質感を触って試して欲しい。
「誰が作っても同じになる」わけじゃない元絵をベースにした創作物
今回は、さまざまな印刷物を見せてもらったが、ほとんど手を加えることなく自動で3D化できるのは魚拓なのだとか。鱗の質感や皮と骨の凸凹感などが忠実に再現され、切り抜いて魚屋の店先においておいたら、本物と見間違ってしまいそうな完成度だった。
逆に人手によって3Dかしなければならないのは、陰影のない版画などだという。
[木村氏] これらの絵は全自動で3D化はできません。盛り上げる部分を手動で3D化する必要があり、「緩やかに盛り上げ
るのかシャープにするのか?」「どこを盛り上げて、どこを盛り上げないのか?」「盛り上がりの傾斜はどのぐらいにするのか?」など、3Dデータを作った人の個性が現れるのです。
元の絵があるので、「3Dプリントはその複製」と思われてしまうかもしれませんが、実際には複製ではなく3Dデータ化した人の創作物という面も持っているのです
[木村氏] 冒頭で“撮る楽しみ、(画像変換)、見る楽しみ”をカシオは提供する、と申しましたが、最後のひとつに“作る楽しみ”というものが当初からありました。
カシオアートの最終目標は“自分で3D絵画を印刷する”ことにあります。そこで印刷工程や技術の研究、エッジの立て方や3D絵画に最適な3Dデータの作り方、3D印刷の応用分野などの研究をしています
また、富嶽三十六景などの版画を3D化したらどうなるか? 魚拓を3D化したらどうなるか? 陰影のない絵画ではどうか? 写真ではどうか?………など色々模索しています。
手で触ったときの質感を自由に変化させられるので、福祉の分野にも応用できるのはないか?など応用分野は広く、研究課題もたくさんあります
「エッジの立て方」というのは、TD印刷で普通にデータを作ると、(熱で用紙を膨張させるので)どうしても盛り上がりのフチが丸くなってしまうので、これを垂直でシャープに盛り上がらせる方法、ということだそう。また、画像変換で様々な素材感を表現する方法なども研究中で、先述の「個性」といった要素を含め、今後の展開は色々広そうだ。
将来は家庭でも?
なお、「カシオアート」の事業としては、業務用機材で印刷した3D絵画を販売するのが現在のメインだが、将来は一般のユーザーがTD印刷などを自宅で印刷できるよう、基礎技術を研究中という。例えば、「手触りまで自分でデザインできる年賀状」を自分で印刷できる、という時代が来る可能性も考えられるし、先述した、「3D化したときに個性が出る」という点も、個人個人が作る楽しみにつながっている。
家庭で楽しめるようになるのはまだまだ先になりそうだが、実際にはどのような工程で印刷されているかを、軽く写真でご紹介しよう。
質感や立体感が表現できる画材として
というわけでご紹介した「カシオアート」だが、カシオでは「立体感や質感を表現できる新たな画材」として、今後も展開していくという。
カシオ 木村氏の言葉が印象的だったので、その言葉で、今回のレポートを締めさせていただこう。
[木村氏] 裸眼3Dディスプレイにしても、3Dプリンタにしても、これまでの3Dという分野はデータの塊や立体でしかありませんでした。データの塊の映像には触れることができませんし、3Dプリンタ出力では質感まで表現するのは困難です。カシオが目指しているのは、電源を入れなくても楽しめる、筆や絵の具、キャンバスといった画材なのです。
「カシオアートと言う画材を使うと、これまで絵では表現ができなかった質感や立体感が表現できる」そういわれるように開発・研究を続けていきます。
今後とも、よろしくお願いいたします。