特集、その他
MSI VGA史 ~ Intel 740からGeForce RTXへの道 ~
text by 鈴木雅暢
2019年4月27日 00:00
ゲーマーならご存じのとおり、MSIはビデオカードのトップブランドの一つであり、日本のビデオカード市場においても、もっとも大きな影響力を持つブランドの一つだ。MSIはどのようにして現在の地位にいたったのか。
ちょうど来日中だった同社ビデオカード事業のトップであるJeremy Liaw氏とともに、平成から令和へ代わるこのタイミングで、GPUの変遷と同社の製品や取り組みを振り返ってみた。
NVIDIA CEOのビジョンに共感、OEMで規模を拡大
――:御社はマザーボードのベンダーとして早くから日本でも知名度がありました。ビデオカードへの事業参入は1997年と少し後になりますが、その経緯を教えていただけますか?
[Jeremy氏]:当時の主力事業はマザーボードで、自社ブランドも知名度がありましたが、OEMでも実績を上げていました。ビデオカード事業への参入については、市場の拡大、ニーズの高まりを感じたことが大きな理由です。
私がMSIに入社したのはまさにその参入のタイミングで、当社初のビデオカード専任営業が私でした。入社以前は他社でビデオカードの営業として7年間務めており、その経験を活かしてゼロからビデオカード事業を立ち上げていきました。
――:当時の主力製品はどのようなものでしたか?
[Jeremy氏]:Intelの740とATI(現AMD)の3D RAGE Proを搭載した製品ですね。始めたばかりですので数も多くありませんでした。当初は自社ブランドではなく、OEM事業のみを行なっていました。
――:NVIDIAのチップは扱われていなかったのですね。
[Jeremy氏]:NVIDIAのGPUの取り扱いは1998年からです。その際、NVIDIAと直接取引をしたいとアプローチしたのですが、当初は断られてしまいました。当時はNVIDIAの生産量がそれほど多くなかったこともあり、直接取引ができるベンダーは限られていて、3社しかありませんでした。
――:直接取引はいつから?
[Jeremy氏]:その後、NVIDIAは台湾のファウンダリ、TSMCと提携することでGPUの生産量が増えます。一方、われわれはドイツのMedion(2011年にLenovoにより買収)にNVIDIA GPU搭載のビデオカードを売り込み、大口の受注を獲得するなど実績を上げつつ、代理店にNVIDIAのジェンスン・ファンCEOと会う機会を作ってもらって交渉し、直接取引できるようになりました。NVIDIAとの緊密なパートナーシップはここが始まりです。
――:1999年、NVIDIAが初めて「GPU」を名乗るGeForce 256シリーズを発表し、勢力を拡大していきます。当時の御社のスタンス、取り組みはどのようなものだったのでしょうか?
[Jeremy氏]:NVIDIAはGPUを定義するとともに、将来的にGPUの性能がPCの性能に直結し、マザーボードは安価になり、ビデオカードがより重要で高価になっていくというビジョンを示していました。その後、まさにそのとおりになっていくのですが、当時マザーボードが主力事業であった当社にとっては必ずしもよいことばかりのビジョンではありませんでした。しかし、われわれはそれに共感し、ビデオカード事業を強化していきます。
台湾地震のピンチをチャンスに変えた
――:2001年、御社はビデオカード生産量世界1位となっています。1997年の参入からわずか4年、短期間でここまで成長された要因は何だったのでしょう?
[Jeremy氏]:2001年に年間1,400万生産を達成しています。これはそれまでどこのメーカーも到達できなかった実績です。NVIDIAとの信頼関係の強まりと、OEMでの実績、信頼の積み重ねが大きな要因だと思います。
――:なぜOEMでそれほどの信頼を獲得できたのでしょう?
[Jeremy氏]:大きなきっかけが1999年の台湾地震にありました。当時、当社の工場はすべて台湾にあったために甚大な被害を受けた上、メモリ価格なども高騰し、ビデオカードの製造原価が急騰してしまいました。非常に困難な状況でしたが、NVIDIAの協力のもと、当社は大口案件を含め、災害前に受注していたビデオカードをすべて納期どおり、災害前の見積もりどおりの価格で納品しました。これを機会に世界的にMSIの企業イメージが大きく上昇し、信頼できるメーカーだと評価されるようになりました。
――:このときもまだOEMのみだったのでしょうか?
[Jeremy氏]:はい。この対応の過程でNVIDIAとの信頼関係も強まり、NVIDIAを通してGateway(2007年にAcerにより買収)から大きなオファーをいただくなど、事業が拡大していきました。
IBM、HP、Dell。ヨーロッパのMedion、シンガポールのCreative、日本のNECなど、世界中の大手ブランドと取引をいただいていました。
全製品を貫く「Gaming DNA」。すべてはユーザーのために
――:現在、日本市場ではMSIブランドのビデオカードは強い存在感を見せています。この状況を達成するには独自の仕掛けや取り組みがあったかと思いますが、とくに成功した取り組みがありましたら教えてください。
[Jeremy氏]:当社が自社ブランド製品を展開するのは2004年からです。OCモデルにフォーカスし、独自の高耐久設計「ミリタリークラス」や冷却性能と静音性を高度に両立したGPUクーラー「TwinFrozr」、ユーザーフレンドリーなOCツールとして「Afterburner」などを導入してきました。
こうした技術、そしてデザインを含めた「Gaming DNA」という世界観を構築し、提供してきたことが評価されたのだと思います。
――:NVIDIAのKepler世代のGPUから「GPU Boost」が導入されました。ビデオカード開発への影響はありましたか?
[Jeremy氏]:「GPU Boost」は、放熱や電力の条件を満たしている場合によりGPUクロックを上昇させます。GPUクーラーやカードの設計が優れていれば、より高いパフォーマンスを引き出すことができるため、「ミリタリークラス」や「TwinFrozr」といったわれわれの強みをそれまで以上に活かせるようになりました。
Keplerシリーズのカードを開発する際には、GPUのパフォーマンスを最大限に引き出す設計とともに、新しさ、革新性を強く意識したビジュアルイメージを採用しました。
――:NVIDIAのPascal世代の製品はどうでしょう?
[Jeremy氏]:Pascal世代のGPUは電力効率(ワットあたりのパフォーマンス)が大きく向上しました。われわれは冷却性能強化と同時に静音性を強く意識して取り組んできましたが、この世代では静音性という点で、その強みを最大限に活かすことができたと思います。
われわれが2008年から導入している「ZERO FLOZR」機能はGPUが低温時にはファンを停止させ、完璧な静音性を提供できます。われわれの独自設計は、リファレンス仕様よりはるかに冷却効率に優れており、ファン停止状態でより長く利用でき、ファン動作時においても、より静かで高いパフォーマンスを発揮できる製品を提供することができました。
――:GeForce RTXシリーズでは、リアルタイムレイトレーシングが可能となりました。リアルタイムレイトレーシングに対する見解や期待を教えてください。
[Jeremy氏]:リアルタイムレイトレーシングが可能になったと知ったときはとても驚きました。近い将来には、ゲームだけでなくクリエイティブでも活用され、現在では想像もつかない様な素晴らしいコンテンツやCGが制作されていくと思います。
DLSS(Deep Learning Super-Sampling)では、AIの力を借りることで、従来は高負荷であった高品質のアンチエイリアス処理を低負荷で行うことができ、より高いフレームレートでゲームを楽しむことができるでしょう。
――:この世代の上位モデルは3連ファンのTRI Frozrを搭載しています。
[Jeremy氏]:Trioシリーズが搭載する3連ファンのTRI-FROZRは、フラグシップのLightningシリーズから機能とデザインコンセプトを継承しており、より大きな放熱面積と三つの冷却ファンを持ち、冷却性能をさらに高めることができます。GeForce GTX 1080 Tiから導入していますが、市場の反応はとても好意的です。
GeForce RTXでは、画期的な新機能を備える一方、消費電力は高いため、ハイエンドモデルはTRI-FROZR、アッパーミドルの位置付けの機種にTwinFrozrを採用しています。
目先のシェアは重要ではない。ユーザーの心に残る製品作りを
――:今後の目標などを教えてください。
[Jeremy氏]:高性能、高品質でユーザーフレンドリーな製品を提供していきます。Gaming DNAを継承し、エンドユーザーの方に満足していただける製品を提供していきます。市場のシェアより、MSIの製品はエンドユーザーの心のシェアを取りたい。それができればこれほどうれしいことはありません。
[制作協力:MSI]