本シリーズでは、PCパーツの基礎知識を改めてじっくり解説し、各パーツの理解を含めるとともに、最新パーツの動向や選び方などを紹介する。これから基礎を勉強してPC自作にチャレンジしようという人はもちろん、PC自作の経験がある人も改めて知識の整理に役立てていただきたい。
今回はシリーズ第1回「ビデオカード」の後編ということで、ビデオカードの価格差や性能、機能の関係について解説する。価格高騰と品薄が続くビデオカード市場だが、そんな今こそ基本を押さえて悔いのない製品選びをしたい。
同じGPUのビデオカードがたくさんあるのはなぜ?
・カードメーカーごとに、クーラーや基板の設計が違う
・クーラーごとに冷却性能は大きく異なる
・同じGPUでもOC設定の違いで性能に差がある
・冷却性能が高いほど高いOC設定が可能になり性能が伸びる
・用途やコストの違いでカードサイズやLEDの有無などの違いも
ビデオカードの価格はここで差が付く
ビデオカードの性能は搭載するGPUしだい、GPUが同じならばどのカードも性能は同じ――というわけではない。実際、各メーカーからは同じGPUを搭載したカードが何種類もラインナップされている。なぜなのか? それは、GPUの動作クロック、クーラーの品質、カードの大きさ、LEDやデザインなどのサイズの違いにより、ビデオカードの格付け、つまり最終的な性能や価格が決まってくるからだ。
MSI「GeForce RTX 3080 Ti SUPRIM X 12G」のクーラーを取り外した基板の全景。熱源となるGPU、ビデオメモリ、電源回路が所狭しと並んでいる。現在はGPUの仕様でビデオメモリの容量・種類がほぼ決まっているので、GPUやメモリの動作クロックと相互に影響がある電源回路のクオリティにグレードの差が出やすい (1)GPU: ビデオカードの中核となるチップ。描画処理エンジン、動画処理回路、インターフェースのコントローラなど、ビデオカードに必要なほぼすべての機能を内包する。GPUを構成するトランジスタの数は8コアCPUの数倍もの規模になることも (2)ビデオメモリ:GPUが利用する専用のメモリ。GPUが計算を行なうための作業領域やキャッシュ、レンダリングした映像を一時格納しておくフレームバッファなどに使われる (3)電源回路:GPUは非常に消費電力の高い半導体なので、安定動作には専用の電源回路が必須。そのためビデオカード上には、マザーボードにもあるような電源回路が実装されている。ハイエンドGPU、ハイエンドカードほど、この電源回路も大規模化する (4)PCI Express x16端子:マザーボードのPCI Expressスロットに挿し込む端子。データ通信と電力供給を行なうインターフェースでもある。PCI Expressインターフェースの帯域はレーン数と世代で決まる。現行で最速は第4世代(Gen 4/4.0) 製品によって違いはあるが、多くのビデオカードのクーラーは、“ファンと外装”、“ヒートシンク”、“バックプレート”という部品構成になっている(低グレードのGPUの中にはバックプレートがない場合もある)。効率的な冷却を実現するため、ヒートシンクの大型化、フィンに熱を伝えるためのヒートパイプや接触面の高品質化、ファンの口径/数/羽根の改良などが行なわれている。バックプレートは放熱だけでなく、カード全体の大型化に伴う基板の歪みの防止、小さな部品の保護といった効果もある 各GPUには、AMDやNVIDIAなどのメーカーが定めた標準の動作クロックが規定されている。しかし、実際のGPUには安全マージンも設けられているので、製品に実装する段階で、カードメーカーがそのマージン内である程度柔軟に動作クロックを決められる。多くの製品がこの仕組みを使って標準仕様から動作クロックを引き上げた「オーバークロック」設定で製品を送り出している。動作クロックが上がればパフォーマンスも上がる。NVIDIAやAMDの標準仕様より高ければ高いほど、同じGPUあってもパフォーマンスが高くなるのだ。
Radeon RX 6700 XT搭載カードでの比較。「リファレンスカード」はAMDの標準仕様で作られたカードで、MSIのカードは、いわゆるファクトリーOCモデル(工場出荷時にOC設定が施された製品)。劇的な性能差ではないものの、OC設定により同じGPUでも確実に性能が伸びる オーバークロックには別の影響もある。それは“消費電力の増大”と“発熱の増大だ”。より高いクロックでGPUを動作させれば、それだけ消費電力や発熱は上がっていくため、安定動作させるためには冷却や電源回路の強化が必須となってくる。GPUの熱を受け止めるため、ヒートシンクは長く厚く、大きくなる。これを冷却するため、ファンを積極的に回す必要が高まるので、ファンの静音性にも気を使わなければならない。これらを実現し、完成度を高めるために、カードメーカー各社は強力かつ効率的な冷却ができるクーラーや高耐久設計の基板を独自設計している、というわけである。このクーラーや基板のデキが、ビデオカードの性能をわける大きなポイントとなっている。
Radeon RX 6700 XT搭載カードでのGPU温度とGPUクロックの推移の比較。2連ファン装備のAMD製リファレンスカードだが、MSIのRadeon RX 6700 XT GAMING X 12Gは同じく2連ファンながら冷却性能で上回る。リファレンスカードのGPU温度は7分程度経過すると80℃前後まで上昇するが、Radeon RX 6700 XT GAMING X 12GはExtreme設定、標準設定ともに70℃台前半をキープする 一方GPUクロックは、Radeon RX 6700 XT GAMING X 12Gがリファレンスカードよりも高い値を示しており、Extreme設定は標準設定をさらに上回る。つまり、冷却性能が十分なのでパフォーマンスが高水準で維持できている、ということになる ただし、高性能だけを追求すればクーラーも基板も大きく重くなり、コスト(製品の価格)も増える。現実的には、速ければ金に糸目を付けないという人ばかりではないことは言うまでもない。たとえば、「サイズやコストとのバランスが重要」と考える人もいれば「動作クロックの過度な引き上げは不要、それよりも小さくしてほしい」という声も出るだろう。さらにLEDエフェクトなど、デザインや装飾といった要素も加わってくる。「同じGPUなのにいろんな製品がラインナップされている」のはこのような理由からなのである。
これらの取捨選択とコストのかけ方は、メーカーごとの技術力、企画力の勝負。カードを選ぶときは、その製品がどんなコンセプトのモデルなのか、自分に必要な要素と合致しているかを意識すると製品選びがスムーズにいくだろう。
なお、オーバークロック仕様と言うと、なんとなく“非公式”とか“なんだか危険?”といった印象を持たれるかもしれない。しかし、ビデオカードのスペックの場合は「GPUの標準仕様よりも動作クロックが高い」ということを意味しているだけで、PC自作初心者であっても不安視する必要はない。もちろんメーカー保証が失効するような仕組のものでもないのでご安心を。
MSIのRTX 3070搭載カード3製品を例に見てみよう。最上位の「GeForce RTX 3070 SUPRIM X 8G」(写真左)は、ダイヤモンドデザインを採用したプレミアムモデルで、GPUブーストクロック1,845MHzを実現した超高速仕様で巨大なクーラーを搭載。カード長は33.5cmと大きい。「GeForce RTX 3070 GAMING X TRIO 8G」(写真中央)と「GeForce RTX 3070 VENTUS 2X 8G OC」(写真右)のクロックは1,830MHz、1,755MHzでSUPRIM Xよりも控えめ。前者は鮮やかなRGB LEDも搭載する3連ファンの大型カード、後者は質実剛健を意識した落ち着いた外観とデュアルファンでコストを抑えた仕様カード長はそれぞれ、32.3cmと23.2cmとかなりの違いがある。予算・性能・好みに合わせて選べるラインナップが整備されている GPUが同じでも、グレードの違いによりカードの“厚み”や“高さ”にもかなり差がある場合も。写真は左から、GeForce RTX 3070 SUPRIM X 8G、GeForce RTX 3070 GAMING X TRIO 8G、GeForce RTX 3070 VENTUS 3X 8G OC。最高グレードのSUPRIM Xがもっともカードの厚みと高さがある(=クーラーがもっとも大きい)。いずれのカードも、取り付けには拡張カード3スロット分のスペースが必要になる 【MSIのRTX 3070搭載カードのスペックの違い】 | GeForce RTX 3070 SUPRIM X 8G | GeForce RTX 3070 GAMING X TRIO 8G | GeForce RTX 3070 VENTUS 3X 8G OC |
---|
OCクロック最高設定 | 1,845MHz | 1,830MHz | 1,755MHz |
---|
カードサイズ | 335×140×61mm | 323×140×56mm | 232×124×52mm |
---|
推奨電源ユニット容量 | 750W | 650W | 650W |
---|
逆に「性能はそこそこで小さいカード」というのも需要がある。たとえば、Mini-ITX規格の小型PCの場合、カード長が30cm前後になるような大型の高性能カードは取り付けられない。そんなときは、ショート基板、シングルファンのカードが求められる。冷却能力は大型カードにはおよばないため、RTX 3090/3080のようなハイエンドGPUをこのサイズに搭載することは不可能だが、エントリーグレードのGTX 16シリーズならOK。それでも性能はCPU内蔵GPUよりも圧倒的に高い ブックシェルフ型のコンパクトデスクトップPCだと、通常のビデオカードの取り付けはほぼ不可能。そんな環境では、MSI「GeForce GT 1030 2GD4 LP OC」のような背の低い“Low Plofile”規格のカードを使用する。コンパクトな製品だが小型のファンを2基装備する MSI「GT 710 2GD3H LP」のように、“ファンレス”のビデオカードもごく少数ながら存在する。GPU性能は最低限で、CPU内蔵GPUから大幅に性能が上がるというものではない。GPUを内蔵しないCPU(かつ高性能GPUが不要)を使う、3画面以上のディスプレイ出力が必要、といった場合に有用だ RGB LEDも近年のビデオカードのポイントの一つ。マザーボードやケース、CPUクーラーに装備されたLEDの発光パターンを調整・連動させ、発光演出でPCを彩るのも最近の自作PCの楽しみ方だ ビデオカードの“設定ユーティリティ”も、メーカーによる工夫の差が出るポイント。MSIはシンプルで扱いやすい統合ユーティリティ「MSI Center」を提供している 格付けを決める要素、用途と予算から買うべき製品を検討
以上、前後編でビデオカードの基本中の基本を改めてお届けした。簡単にまとめると、ビデオカード選びは、“GPUの強さ”דオーバークロック設定&クーラーのグレード”で考える、ということを覚えておこう。
ビデオカードに何をさせるか(ゲームがしたい、クリエイティブアプリに活かしたい、映ればOK、etc)、ゲームを遊ぶならどの解像度/どんな画質でプレイしたいのか(フルHD~4K、超美麗映像、超高FPS、etc)、最新の映像表現や描画機能(レイトレや描画負荷低減機能など)を利用したいのかをまず検討してGPUを選択し、そのうえでさらなる性能の上積みを狙ったり予算を抑えたり――と考えるのが基本。最近ではこれに加えてアドレサブルRGB LEDを活かした“見せるPC”演出も要チェックのポイント(ハデなほうがいい人もいれば、光らないほうがよいという人もいることだろう)。組み合わせる液晶ディスプレイも製品選びの要素になりえる(ゲーミング液晶を使うかどうか、etc)。
“正しい知識”と“ポイントを押さえた製品選び”はコストを抑えるだけでなく、よりユーザーの理想に近いマシンを実現できることにもつながる。気軽にビデオカードに手を出せない今だからこそ、失敗のないビデオカード選びをしていただきたい。
覚えておきたい「ビデオカード」関連用語
GPU(Graphics Processing Unit)
グラフィックス処理を専門に行なうチップの名称。グラフィックスプロセッサ、グラフィックスコプロセッサ、グラフィックスコントローラ、グラフィックスアクセラレータなど、いろいろな名前で呼ばれている。かつてグラフィックスチップの高性能化に伴いNVIDIAは自社のチップをGPUと、ATI(現AMD)はVPU(Visual Processing Unit)と呼ぶようになったが、時が経つとNVIDIAのマーケティングが功を奏したのか、響きがよかったのか、2021年現在はNVIDIA以外のグラフィックスプロセッサも含めGPUという呼称が広く浸透している。
ビデオメモリ
ビデオカード上に実装される記憶装置。VRAMとも呼ばれる。GPUが描画処理するための情報を一時的に保存しておくためのメモリで、一般的にGDDR SDRAMのような専用の高速メモリが採用される。このビデオメモリの転送速度と容量がビデオカードの3Dグラフィックス性能に大きな影響を与える。現在主流の規格として、GDDR6(転送速度0.7TB/s)と、その発展版であるGDDR6X(同1.0TB/s)、エントリー~ローエンドモデル向けの旧世代規格GDDR5(同0.4TB/s)がある。また、従来のGDDRとは別のアプローチで高速化を目指すHBM(最新規格では同1TB/s以上)が存在する(転送速度はチップ数や容量、GPUとの組み合わせによって決定するので値はあくまで参考)。
オーバークロック(Over Clock、OC)
CPUやGPU、メモリなどを定格を超える高いクロックで動作させること。
GPU Boost
Kepler以降のNVIDIAのGPUコアでは、「ベースクロック」と呼ばれる定格クロック周波数と「ブーストクロック」と呼ばれるオーバークロック周波数が存在する。GPU Boostとは、GPUコアが消費電力や温度の上限を超えない状況下においてブーストクロック値もしくはそれ以上のクロックまで自動的にオーバークロック動作する機能。つまり、同じGPUを用いたビデオカードであっても、リッチな電源回路(=電源供給能力に余裕がある)と強力なクーラー(=温度を低く保つことができる)を備えているほうが、高い性能を発揮するというわけだ。Ryzenも同様の機能を持つ。
アドレサブルRGB LED
複数のLEDを搭載した発光パーツのうち、任意のLEDの発光を行なえるようにしたもの。発光コントロールには複数の方式があり、実際にコントロールするには発光デバイス、コントロールデバイス(ビデオカードやマザーボード、LEDコントローラなど)の両方が同じ方式に対応している必要がある。