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OCしない自作派の最適解は“日本発”のH670マザー、MSI「MAG H670 TOMAHAWK WIFI DDR4」だ!
Z690に迫る拡張性と電源回りの安定性とB660にも負けない良コスパ text by 石川 ひさよし
2022年3月10日 00:00
MSIからH670搭載の「MAG H670 TOMAHAWK WIFI DDR4」が発売された。H670と聞いて、性能ならZ690、安さならB660、中間のH670ってどうなの? と思う方も少なくないかもしれない。ともすれば“中途半端”に陥りやすい中間グレードのH型番チップセットを搭載したマザーでありながら、このMAG H670 TOMAHAWK WIFI DDR4は、B660のゲーミングマザーと同等かそれ以上のコスパを実現し、ハイエンドモデルを含むさまざまなクラスのCPUの魅力を引き出す仕様となっている。
MAG H670 TOMAHAWK WIFI DDR4の見所はもう一つある。アイディアが“日本発”なのだ。仕掛け人はMSIの日本法人であるエムエスアイコンピュータージャパンと世界を舞台に活躍するオーバークロッカーでMSIのスペシャルアドバイザーでもある清水貴裕氏だ。関係者にインタビューを行なっているので、本稿と合わせてこちらの記事もご覧いただきたい。
豊富な拡張スロット&M.2スロット。そしてコストを意識したDDR4仕様
MAG H670 TOMAHAWK WIFI DDR4のデザインは、Z690やB660を搭載した最近のTOMAHAWKの路線を踏襲したもの。まず光らない。そしてシンプルな見た目だが大きく冷却性能に振ったヒートシンクが特徴だ。ヒートシンク表面は梨地とヘアライン加工という反射が異なる質感を使い分け、ブラックのマーキングでもアクセントを加えている。
メモリスロットはDDR4対応。DDR5仕様にしなかったことで、従来の技術で製造できる点でのコストメリットがあり、ユーザーとしてはこれまでも使っていたメモリを流用できるため移行コストを抑えられる。
拡張スロットはx16形状が3本で、最上段がPCI Express 5.0 x16に対応しており、残るチップセット接続側2本はPCI Express 3.0 x4/x1となっている。もう一つx1形状×1本はPCI Express 3.0 x1。ストレージはM.2スロット×3とSerial ATA 3.0×6。チップセット的に拡張性に余裕があることもあり、ATXフォームファクターのサイズを活かして豊富な数を用意してきている。
最上位のZ系チップセット、ミドル~エントリー向けのH/B系チップセットとの最大の違いは「倍率ロックフリーのK付きCoreプロセッサーでのオーバークロックへの対応」だが、細部の仕様にも細かな差別化ポイントがある。最新のZ690/H670/B660のOC対応以外の違いをピックアップしてみた。
チップセット | Z690 | H670 | B660 |
DMI | 4.0 x8 | 4.0 x8 | 4.0 x4 |
チップセット側で利用できる PCI Express 4.0レーン | 12 | 12 | 6 |
チップセット側で利用できる PCI Express 3.0レーン | 16 | 12 | 8 |
Serial ATA 3.0(最大) | 8 | 8 | 4 |
USB 3.2 Gen 2x2(最大) | 4 | 2 | 2 |
USB 3.2 Gen 2(最大) | 10 | 4 | 4 |
USB 3.2 Gen 1(最大) | 10 | 8 | 6 |
上記のとおり、Intel H670チップセットはZ690よりも帯域やレーン数、ポート数を減らしているが、B660とZ690の中間~ややZ690寄りといったポジションだ。とくにDMI(CPU-チップセット間)の帯域とPCI Express 4.0レーン数、Serial ATA 3.0ポート数はIntel Z690と同等。つまりIntel Z690よりはコストを抑えたいが、拡張スロットやストレージインターフェースは豊富に欲しいといったニーズに向いている。実際、Intel B660モデルでは拡張スロットとM.2スロットが一部排他利用になるものもあるが、マニュアルを読む限りMAG H670 TOMAHAWK WIFI DDR4ではそうした制限なく利用できるようだ。
拡張性重視の方にとって、MAG H670 TOMAHAWK WIFI DDR4でもなんら不足はない。そして定格運用前提であれば、Intel Z690マザーボードよりもかなり低コストで導入できる。
CPU電源回路はかなりユニーク。このコンポーネント選択は玄人好み
ヒートシンクを取り払い、電源回路に目を向けてみよう。昨今のゲーミングマザーボードでは、フェーズ数を増やしその分だけ高性能なPWMコントローラ、大出力に対応したMOSFETを競うように採用してきた。フェーズ数の増加については、1フェーズあたりの負荷を下げて発熱を抑えたり部品寿命をできるだけ伸ばしたりといった効果を狙ったものだ。MOSFETについてはもちろん余裕があれば安心感も高まること自体は間違いない。ただし、ハイエンドモデルの中には、必要、余裕を通り越して過剰スペックではないのかというものもある。とくにOCをほとんど考慮する必要のないIntel H670ならなおさらだ。
MAG H670 TOMAHAWK WIFI DDR4は、14+1+1フェーズの電源回路を採用している。フェーズ数としては十分だろう。フェーズダブラーは使用していないが、改良型で高効率のDuet Rail Power Systemを採用し、1チャンネルあたり2フェーズ駆動となっている。
構成する部品については、まずPWMコントローラがRichtek Technology「RT3628AE」。この世代のマザーボードでもミドルレンジ~エントリーモデル中心にいくつか採用例があり、過去にはマザーボードのほかの部分のPWMコントローラとしても搭載例がある。MOSFETはメインがAlpha and Omega Semiconductor製で刻印が「AT00」。MSIによると55A対応のものとのことだ。たとえ高クロックの「K」付きのプロセッサを高いPower Limit設定で運用しても現実的に十分な電力量を供給できる。
また、CPUコア以外に供給する1+1フェーズ側はON Semiconductorの「NTMFS4C024N」、「NTMFS4C029N」を組み合わせている。DrMOSではなくハイサイドとローサイドを分けて実装する手法は、チップコストが抑えられ、エントリーモデルではよく見られる。高価なモデルではこうした部分もCPUコア用と同じMOSFETを採用するが、実際、CPUコアとそのほかの部分では求める電力量がまったく異なる。MAG H670 TOMAHAWK WIFI DDR4はある程度十分な余裕を見積もりつつも、それを通り越して過剰と言える部分を削ぎ落としている。
ただ、そうした方向性自体は以前から採用例がある。肝心なのはバランスだ。たとえばIntel B660のMAG B660 TOMAHAWK WIFI DDR4は12+1+1フェーズ、PWMコントローラはRenesas製、MOSFETはRenesas(Intersil)製SPS 60A品だ。この2製品を比べると、MAG H670 TOMAHAWK WIFI DDR4はフェーズ数が多くMOSFETの最大出力は低め、MAG B660 TOMAHAWK WIFI DDR4は2フェーズ少ないがMOSFETの最大出力は高めだ。そして製品レベルでは、MAG H670 TOMAHAWK WIFI DDR4は上位チップセット採用モデルでありながら、MAG B660 TOMAHAWK WIFI DDR4とほぼ同じ。このバランス感こそCPUを極めた清水貴裕氏によるところだろう。
トータルでの最大出力はMAG H670 TOMAHAWK WIFI DDR4のほうが供給電力は高いということになる。となればPWMコントローラやMOSFETの品質や寿命が気になるところだが、寿命については主な要因は温度。MSIのMAGグレードのマザーボードには冷却性能に優れた巨大VRMヒートシンクが採用されているので、これを心配する必要はないだろう。
高速インターフェースも充実。ただしオーディオは必要十分
ネットワークでは、すでに現世代では標準と言える2.5GbEとWi-Fi 6をサポートしている。有線ネットワーク側はIntel I225-V、無線ネットワークはIntelのWi-Fi 6対応モジュールを搭載する。
バックパネルには、全体としてはコストを追求したモデルながらFlash BIOSボタンが用意されており、自作派としては利便性が高くありがたい。また、USB Type-C端子はUSB 3.2 Gen 2x2に対応。赤いUSB端子は10GbpsのUSB 3.2 Gen 2で、黒いUSB端子はUSB 2.0で6基(バックパネル側はチップセットに接続されており、ハブを介していない)も備えている。PS/2ポートが残されているところも特徴的だ。
フロントUSBは、USB 3.2 Gen 2 Type-C×1,USB 3.2 Gen 1×2(最大4ポート)。ここは同グレードのほかのマザーボードと同等だ。ほか、USB 2.0ヘッダも備えているが、バックパネル側とは異なり、内部ヘッダはハブチップを介して実装している。そのほかにはThunderbolt AICカードを追加する際に必要なTBTヘッダも搭載している。
オーディオ回路については、デジタル/アナログ分離、左右チャンネル分離といった回路設計を採用するAUDIO BOOST仕様。ただしコーデックをRealtek「ALC897」、オーディオコンデンサも四つに絞り、必要十分にとどめている。どちらかと言えば、オーディオを追求するなら拡張カードやUSB接続のDACを用いるべし、といった思想だろうか。MAG H670 TOMAHAWK WIFI DDR4には十分な拡張スロット数、USBポート数があるので、このあたりの装備をユーザーの好みで追加しやすい。
MSIの大型ヒートシンクとの組み合わせでVRM温度に不安なし
それでは、実際にMAG H670 TOMAHAWK WIFI DDR4を用いてPCを組み、動作を見てみよう。今回用意したのはCPUがCore i7-12700、メモリがDDR4-3200 8GB×2、SSDがPCI Express 4.0 x4接続、ビデオカードがGeForce RTX 3070、OSがWindows 11 Pro 64bitだ。
ベンチマークテストはCINEBENCH R23(約10分実行時)、PCMark 10(Standard)、3DMarkのFire StrikeとTime Spyをそれぞれ実行した。各スコアは以下のとおり。
さて、これらベンチマーク(3DMarkはTime Spyはのみ、CINEBENCH R23はMulti Coreテストのみを約10分間)を実行した際の各部の温度を見てみよう。計測時の室温は24℃前後だ。
PCMark 10と3DMarkは、CPU負荷もある程度かかるが高負荷が連続するというものではないため、PCを通常用途やゲーミング用途で用いた際の温度推移ととらえればよい。オレンジ色のVRMのラインはおおむねCPU温度(CPU負荷)に応じてわずかに上下するものの、変化の幅は小さい。PCMark 10ではスタート34℃に対し最大温度は38℃、それよりもCPU負荷が高い3DMarkでも、スタート37℃で最大39.5℃だった。ゲームを長時間プレイし続ければこれより上昇すると思われるが、それでもこの結果を見る限り、一般的なケース内エアフローがあれば危険域まで上昇する心配は少ない。
CPUに対してより負荷が高いCINEBENCH R23は実行時間中ずっとVRM温度が上昇を続けるが、スタート34.5℃で最大47℃だった。とくにテスト中のピーク温度に近くなるベンチマーク後半は、開始直後の温度の上昇スピードに対し、かなり緩やかな上昇スピードに落ちている。ベンチマーク終了後の温度の低下も急角度だ。これはMOSFETの放熱が効果的に行なわれていることを示す結果と言える。
拡張性もコスパも同価格帯で一つ上、満足度・完成度の高いミドルレンジ製品
予算が潤沢なハイエンドゲーマーについてはやはりZ690+Core i9を狙ってもらうとして、MAG H670 TOMAHAWK WIFI DDR4はメインストリームゲーマーやOCを考えていない多くの自作ファンのニーズに非常にマッチする製品と言えるだろう。組み合わせるCPUとしては、今回のベンチでも使用したCore i7-12700、ミドルレンジ上位のCore i5-12600あたりの「Kなし」が有力候補だが、せっかくのAlder Lake世代だからPコア+Eコアという新仕様を体験したいという人には、倍率変更OCはできないもののCore i5-12600Kと組み合わせるというのもコストパフォーマンス的には大いにアリ。DDR4メモリ対応なのでメモリを流用できるというのも予算的にはありがたいところだ。
機能面は解説したとおり、Z690搭載製品寄りであり、搭載する拡張スロットやストレージインターフェース、USBポートが排他利用を気にせず利用できる。CPU電源回路は、仕様面でも不足感はなく、グラフのとおりの実測値となったので素性もよい。コストダウン重視のあまりヒートシンクが貧弱になるようなことがあればVRM温度がこれより高くなって製品寿命に不安がよぎる、なんてこともあるかもしれないが、MAG H670 TOMAHAWK WIFI DDR4にはそのあたりの抜かりはなく、大型ヒートシンクの効果で十分に放熱されている。ゲーミングマザーボードでB660搭載モデルと悩んでいるなら、拡張性とコスパの高さでMAG H670 TOMAHAWK WIFI DDR4を推したい。
現状、H670搭載マザーボード自体がZ690やB660を搭載した製品に比べて選択肢が少ない。ここのゾーンに製品を出すという時点で、ある意味「挑戦的」な取り組みとも言える。従来以上にバランスの取れた仕様になったH670と、日本発の企画から生まれたという挑戦的モデルである本機を自分色に染めていくことこそ、自作PCの醍醐味と言えるのではないだろうか。
[制作協力:MSI]