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“日本発のAlder Lake用マザーボード”誕生。2万円台マザーの理想を追求したキーマンに聞く

最強を知るからこそ導き出せた“必要十分”にこだわった「MAG H670 TOMAHAWK WIFI DDR4」のポイントとは!?

近年ではめずらしい“日本で企画されたマザーボード”「MAG H670 TOMAHAWK WIFI DDR4がMSIから登場した(詳しい製品レビューはこちらの記事をご覧いただきたい)。性能も機能もコスパもちょっとこだわりたい層の予算レンジとしてまず挙がる2万円台を意識した製品だ。

日本の多くの自作ファンが望む要素だけを絞り込んで実装し、まさしく美味しい存在となった本製品について、製品企画に深く関わったエムエスアイコンピュータージャパンの新宅洪一氏と、MSIスペシャルアドバイザーでもある清水貴裕氏に話を伺った。

同製品はH670チップセットを採用しており、H470、H570マザーボードを投入してこなかったMSIとしては久々のミドルレンジのH型番Intelチップセットを採用したモデルとしても注目される。はたしてその狙いとは。

エムエスアイコンピュータージャパンの新宅洪一氏
MSIスペシャルアドバイザーを務めるオーバークロッカーの清水貴裕氏

日本市場向きの“高性能なミドルレンジ”マザーが欲しい!

――長らくIntelは、各世代で個人ユーザー向けのチップセット3~4グレード投入しています。MSIの目や売れ筋から見て、ユーザーや人気の傾向や、日本と海外での状況の違いなどをあったのでしょうか?

MSI:日本では“B型番チップセットのマザーはビジネス向け”というイメージがかなり強く根付いていました。そのため、日本の自作市場ではエントリー~ミドルレンジではH型番チップセットのマザーに根強い支持があります。

一方の海外では、コスト重視でミドルレンジのH型番(*1)よりもB型番マザーのほうが強い傾向にあります。そのため、MSIとしてはしばらくH型番マザーをリリースしていませんでした。

*1同じH型番でもH510やH410などのエントリーグレードのH型番ではなく、H570やH470などのことを指す

日本法人からのプッシュがきっかけに誕生したという「MAG H670 TOMAHAWK WIFI DDR4」

――そんな中、このタイミングで「H670版のTOMAHAWK」が登場しました。製品登場までの経緯を教えてください

MSI:実は、日本からの要望で今回の企画がスタートしました。グローバル市場ではHはウケないということは聞いていましたので、日本市場限定発売できないか、と。さらにこの企画には、MSIスペシャルアドバイザーになっていただいている清水貴裕さんに当初から参加していただいてます。

――清水さんと言えば、競技志向のオーバークロッカーというイメージが強いので、ミドルレンジで倍率変更OC非対応のH670マザー、は少しいつものキャラと違うのかな? という印象もあります。MSIとの協業や、“スペシャルアドバイザー”としての関わり方について少し教えてください。

清水氏:MSIとの協業はIntel 300シリーズのころから始まり、開発チーム、日本法人や台湾本社との意見交換を行なってきました。そして、2020年11月に結んだスペシャルアドバイザー契約からはより深い情報にアクセスできるようになり、より密接なレベルで開発に関わるようになりました。

設計やチューニングへのアドバイスやテスト参加だけでなく、デザイン面での意見交換も行っています。たとえばドラゴンの主張が強すぎるとか……(一同笑)

僕の場合は競技オーバークロックで開発チームとやり取りを長年してきた関係で、本社のFAE(フィールドアプリケーションエンジニア)を通さずに直接開発チームとやり取りすることもできます。たとえば、UEFIの修正などは作業に時間がかかる場合が多いのですが、これまでの積み重ねがあるので、情報や問題の共有が迅速で、解決も早いです。

また、環境が千差万別であるユーザーさんたちから、TwitterなどのSNSで意見や要望、トラブル例などを、メーカーよりもユーザーさんたちに近い立場にいる僕が直接もらって、すぐに開発チームに修正してもらう、といった少し特殊なサポートもしていたりします。

限界を知るからこそ見えてくる、自作ファンにとっての“普通に使える”スペック

――そんな活動をしている中で、日本発のH670マザー、となるわけですね。具体的にはどのあたりから携わっているのでしょうか。また、日本からリクエストしたもの、要望などはどのあたりでしょうか

清水氏:今回は仕様の策定レベルから関わっています。とくにこだわっているのが電源回路で、CPUの仕様や挙動から最低でCPUコア単体で12フェーズは欲しいと本社に要望を上げました。同時に、コンポーネントやフェーズ数にこだわりすぎるとZ690搭載モデルに近い価格になってしまうので、必要十分にするようにも要望しました。これはただ単にコストカットをするのではなく、パフォーマンスや安定性に影響しない範囲で最適な設計にしたいとう意味です。

――H670マザーの最強を目指すという方向性ではなく、あくまで可不足ない仕様を目指したということですね。

清水氏:競技OCなどの経験から、きわめて過酷な状況での“最強”や“限界”を知っているので、逆に「普通に使う分にはこれ以上の負荷や負担はかからない」、「これだけのスペックがあれば普通の使い方には十分」というツボが分かる、という面もあります。ここから導き出した結論が“CPUコア単体で12フェーズ以上”や“コストを抑えつつ、パフォーマンス・安定性に影響しない範囲での最適化”というものでした。

この結果ですが、MAG H670 TOMAHAWK WIFI DDR4では55A Dr.MOS採用の14+1+1フェーズ構成となりました。CPUコア単体で14フェーズ、総A数は770Aです。これに対し、下位モデルのMAG B660 TOMAHAWK WIFI DDR4は60A SPS採用の12+1+1フェーズ構成で、CPUコア単体で12フェーズ、総A数は720Aです。

回路構成は14+1+1フェーズ、55AのDr.MOSを採用。単体部材のグレードはB660のほうがやや上だが、総A数は本機が上回る

部材単品を見るとB660モデルの方が上にも見えますが、電源回路トータルでのパフォーマンスはH670の方が上になっています。H670の方はコストパフォーマンスを追求するために5A低いMOSFETを採用していますが、下位モデルよりも性能が低いわけではありません。どちらもパフォーマンスや安定性を、僕も協力して妥協なく、きめ細かくチューニングしているので、ユーザーさんが違いを感じるのは難しいかもしれませんね。

――企画の当初から製品シリーズはTOMAHAWKだったんですか?

MSI:当初考えていたものはTOMAHAWKではなく、仕様以外にも、デザインのアイディアなども清水さんと一緒にいろいろ要望を上げていましたが、本社と議論していく中で結果として「これってTOMAHAWKだな」という形にまとまっていきました。

コストは下げたい、でも電源回りは強くあるべき

――今回の製品は電源回りにかなりこだわったとのお話がありました。MSIマザーはUNIFYシリーズのヒット以降、電源回路にこだわった質実剛健なマザーボード作りをしている印象がありますが、清水さんから見たMSIマザーの電源回路の特徴や強みはありますか?

清水氏:近年は部材高騰や実装が増えて多機能化した事でマザーボードの価格が以前より上昇しています。日本での価格においては為替の影響もありますが、それを抑えるためにか、エントリー~ミドルレンジのマザーボードでは、(性能志向のマザーであれば)もっとも重要な電源回路がコストカットされることも多くなりました。

一方で、CPUはさらなるマルチコア化や高クロック化が進み、マザーへの負担は年々高くなっています。アイドル状態の800MHz前後から、最大ブーストの5GHz越えまで短時間でブーストするシチュエーションもあり、電源回路への要求はどんどん高くなっています。出力だけでなく、負荷変動時のレスポンスを高める設計技術や温度を低く抑える設計技術、UEFIのチューニングはこれまで以上に重要となっています。

MSIと契約する前は多くの会社のマザーボードをテストしていましたが、メーカーを問わずにVRM由来のスロットリングを起こす製品がいくつも見受けられました。海外のYouTuberがテストしていたりするので、詳しいユーザーさんはご存じの場合が多いですが、熱暴走、あるいはそれを抑えるために動作クロックを意図的に下げる、といった製品も見られました。

電源回路への注力がより高まることになる転換点となった製品として挙げられた「MEG X570 UNIFY」。ハイエンドながら価格もほどよく抑えられた高コスパな製品だ

MSIとしては2019年の前半にはこの問題を認識していたようで、そこからパフォーマンスや安定性向上のために電源回路にこれまで以上に注力するようになっていたようです。それで生まれたのがMEG X570 UNIFYだったそうです。

MSIのアプローチとしては、マルチフェーズ化で出力と安定性の確保、温度を低下させるアプロ―チを取っている印象です。また、MOSFETにこだわったコンポーネント構成だと思います。

電源回路を構成するそのほかのパーツ(チョークコイルやコンデンサなど)ももちろん重要ですが、MOSFETの品質はそれ以上に重要です。MSIのマザーボードはMOSFETをグレードの高い物にすることで、負荷時の温度を上がりにくくし、安定性や耐久性(寿命)を高めているそうです。

そんな電源回路の冷却/放熱の面では、2oz銅箔を独自設計で採用する6層基板や、I/Oシールド部分まで伸びる重厚なヒートシンクも大きく貢献しています。

MAG H670 TOMAHAWK WIFI DDR4の電源回路。重厚感のある大型ヒートシンクが取り付けられており、熱対策は万全
MAG B660 TOMAHAWK WIFI DDR4との大きな違いは拡張性。PCI Express 5.0にも対応した豊富な拡張カードスロットや多数のUSBポート/ピンヘッダを備え、M.2スロットはいずれもPCI Express 4.0 x4対応に対応する

拡張性の差、組み合わせるCPUで選び分けたい3種類のTOMAHAWK

ーー今回の製品の登場で、Z690、H670、B660と3種類のTOMAHAWKが揃うことになります。選び分けのポイントなどはありますか?

MSI:DMIの帯域の差が最大の違いです。ビデオカードのほかに、高性能なキャプチャカードなどを複数枚使いたい人は、Z690やH670がオススメです。

また、B660 TOMAHAWKはPCI Express 5.0に対応していないので、将来性という点では、同じミドルレンジでもH670 TOMAHAWKのほうが一歩上になります。

デザインイメージもよく似た3種類のTOMAHAWK、左からMAG Z690 TOMAHAWK WIFI DDR4、MAG H670 TOMAHAWK WIFI DDR4、MAG B660 TOMAHAWK WIFI DDR4。Z690版とB660版にはDDR5メモリ対応モデルも用意されている

――上記とも関連しますが、ぞれぞれのTOMAHAWKと組み合わせるCPUはそれぞれどのあたりが向いていると思いますか?

MSI:最上位のCore i9、K付きのCore i7と組み合わせるなら、電源回路の仕様やOC対応なども考えるとやはりZ690のTOMAHAWKがベストです。B660 TOMAHAWKはKなしのCore i5や、Core i3以下のエントリー向け第12世代が向いていると思います。

今回のH670のTOMAHAWKだったら……K付きではないCore i7-12700、Core i5-12600Kあたりがおもしろいんじゃないでしょうか。Pコア+Eコアという、第12世代Coreで採用された最新の技術を、コストを抑えつつ導入できます。Z690ではないので倍率変更OCはできませんが、(Eコアのない12600ではなく)12600Kを使う価値は高いと思います。

MAG H670 TOMAHAWK WIFI DDR4と組み合わせたいCPUとして挙げられたのはCore i7-12700やCore i5-12600K

――最新の仕様、という点ではDDR5対応のH670 TOMAHAWKは予定があるのでしょうか?(Z690とB660のTOMAHAWKはDDR5版がラインナップ済み)

MSI:状況(市場の反応やメモリの流通量、価格など)によっては検討します。

――最後に、清水さんも参加した製品の企画は今後も予定されていますが?

MSI:はい、計画しています! 日本からプッシュした企画はこれだけではないので、また違う形の製品がリリースできれば、と考えています。

[制作協力:MSI]