特集、その他
ストレージの主役へと上り詰めたSSD、急進化の歴史と未来を追う
Western DigitalのSSD製品はどう歩み、ストレージは今後どうなっていくのか text by 北川達也
2020年6月3日 06:00
老舗フラッシュメモリ専業メーカーの血筋を受け継ぎ、トップブランドへ
創業から50年。SSD、HDD、メモリカードなどの各ジャンルで大きなシェアを持つ総合ストレージメーカー、Western Digital。同社の歩みは、高速ストレージの主役として注目を集めるSSDの進化と切り離して語ることはできない。SSDの記憶媒体として利用されているフラッシュメモリの技術革新に同社が深く関わっているためだ。
2015年にWestern Digitalが買収したSanDiskが、世界初のSSDを出荷したのは1991年のことである。当時の最大容量はわずか「20MB」だったが、その構造はパラレルATA(IDE)と電気的な互換性を備えており、言わば“IDE接続のSSD”のようなものだった。
1993年になると、SanDiskは世界初となるPCMCIA準拠のフラッシュメモリカードを製品化し、続く1994年には、コンパクトフラッシュを発表する。フラッシュメモリカードは、ハンドヘルドPCなどの小型の情報端末の記憶媒体として一時代を築き広く使用された。また、コンパクトフラッシュは、デジタルカメラの記憶媒体としても普及した。コンパクトフラッシュは、その後も規格の拡張を続け、現在でもデジタルカメラやデジタルビデオカメラの記憶媒体としても採用されている。
1997年にSanDiskは、世界初となる64Mbitの“MLC”NOR型フラッシュメモリを発表。一つの記憶域(セル)に複数の情報を持たせるMLC技術は、市場に革命をもたらした。MLC技術は後にNAND型フラッシュメモリでも用いられ、SSDの大容量化と低価格化を支えていく。
1999年にはNAND型フラッシュメモリの生みの親としても知られる東芝(現キオクシア)とNAND型フラッシュメモリの合弁事業を立ち上げたことも忘れてはならない。老舗の2社によるアライアンスは、NAND型フラッシュメモリ市場のシェア競争において大きなメリットがあるだけでなく、技術革新の面でも大きな意義がある。
一例を紹介すると、2000年には、当時世界最大容量となる512Mbit SLC NAND型フラッシュメモリを発表。翌2001年には記憶容量1Gbitの世界初の2bit/セルのMLC NAND型フラッシュメモリを東芝と共同で製品化した。また、2008年には3bit/セルのTLC、2009年には4bit/セルのQLC、2019年には5bit/セルのPLCのNAND型フラッシュメモリを発表している。
2000年代に入ると、フラッシュメモリにおけるNAND型フラッシュメモリのシェアは80%を超え、利用用途も一気に拡大。2006年にはSSDを搭載したノートPCが登場し、翌2007年には秋葉原などの多くのショップでSSDを購入できるようになる。当時のSSDは、SLCが主流だったため、小容量で非常に高価だったが、その速さは大きな話題となった。
また、2008年には、MLCを採用したSSDが続々と登場する。この年以降、コンシューマ向けSSDは、MLCが主流となり、広く普及していく。自作PC界隈に注目すると、SSD普及の決定機となったのは“Sandy Bridge”世代のCoreプロセッサーが登場した2011年ごろ(同年にはNVMe 1.0も策定されている)。
価格もこなれてきた頃だったが、低価格な製品に多く見られるトラブルとして「プチフリ」と呼ばれるPC利用中に数秒間無反応になる現象もたびたび話題となった。一方、この頃に登場した同社のリテール向けSSD「SanDisk Extreme Pro」(2014年発売)は、独自技術「nCache Pro」によって当時トップクラスの性能を誇っただけでなく、安定した性能を発揮する製品として自作ユーザーを中心に大ヒットを記録した。
2010年代半ばになると3D構造のNAND型フラッシュメモリ採用製品が登場。SSDは、従来の2D構造のMLC NAND型フラッシュメモリから3D構造のTLC NAND型フラッシュメモリへと移行、低価格化はさらに大きく進行した。
インターフェースの動きに視点を移してみよう。PCにおいてSSDが普及し始めた頃のインターフェースはSerial ATAが主流で、コンシューマ市場ではこれが長く使われていたが、2014年にはPCI Express接続のNVMe SSDが登場。さらに時代が進むと、2019年には、AMD Ryzen環境で初採用されたPCI Express 4.0に対応したSSDも登場した。従来のSerial ATA SSDよりも高速なNVMe SSDの人気は、年々高まりを見せている。
一方で、高速なNVMe SSDは、性能の高さと引き換えに発熱が大きく、熱対策を怠ると性能が低下する上に、耐久性の面でも悪影響があるという課題がある。そのため、熱対策や安定性が製品選びにおける重要なポイントと見なされている。たとえば、Western Digitalが2018年に投入した64層3D TLC NAND型フラッシュメモリ搭載のNVMe SSD「WD_BLACK SN750 NVMe SSD」では、大型ヒートシンクを標準搭載したモデルを発売し、性能だけでなく、安定性や信頼性が高さからも大ヒットしたことは記憶に新しい。現在では、多くのマザーボードにヒートシンクが搭載されたりSSD用のヒートシンクが単品販売されたりしており、発熱対策はごく一般的なものとして定着している。WD_BLACK SN750 NVMe SSDでいち早く見せたWestern Digitalの思想が先進的なものであったことはこのことからも伺える。
ここまで見てきたように、SSDの進化の歴史は、常にNAND型フラッシュメモリの進化の歴史とともにあった。その技術革新を常にリードし続けているのが、老舗のフラッシュメモリメーカーでもあるSanDiskであり、その継承者であるWestern Digitalだ。同社は、2019年には24時間365日稼働を想定した初のNAS向けSSD「WD Red SA500 NAS SATA SSD」を他社に先駆けて投入するなど“市場の創出”という面も牽引してきている。同社は、今後も業界のリーダーとして技術だけでなく市場もリードしていくだろう。
さらなる高速化、大容量化が進むSSD。用途の違いによってHDDとは棲み分けて“共存”
ストレージ機器は、いつの時代も常に安価で、大容量であることが求められている。とくに近年は、企業、個人の両方において扱うデータの容量が爆発的に増え続けており、そういった要求が高まっている。もちろん、SSDも例外ではなく、この要望に応えるために進化し続けている。
たとえば、現在のSSDは、SLC、TLC、QLCと採用されているNAND型フラッシュメモリの種類が増え、用途による階層化が進んでいる。コンシューマ向けの製品の場合は、OS起動用にTLC SSD、データ保存用に大容量で安価なQLC SSDといった使い分けや大容量のQLC SSDのみですべてをまかなうといった使い方も現実的になってきた。低価格化と大容量化が年々進行するSSDでは、このような用途によるSSDの使い分けが強まっていくだろう。
また、SSDは、データを持ち運んで使うための大容量の保存媒体としても存在感を増している。このような用途には、これまでモバイルHDDが使われていたが、そもそもメカニカルな可動部分がないSSDは、モバイルHDDよりも高速、落としても壊れない耐衝撃性、モバイルHDD以上に小型で軽量というメリットを兼ね備えている。Western Digitalでは、一般的なデータ用の「WD」ブランド、写真や動画データなどの保存用の「SanDisk」ブランド、動画制作などのプロフェッショナル向けに「G-Technology」ブランドの3ブランドで利用シーンに合わせたモバイルSSDを展開している。
一方で、このような関係性になると、HDDが不要になるのでは? と考える読者もいると思うが、HDDは今後も重要なストレージであることに変わりはない。というのも、SSDは電荷保持領域を使ってデータを格納、HDDは磁気記録によってデータを格納、という大きな違いがある。このようなデータの保持特性の違いもあり、コールドデータと呼ばれる“削除するほどではないが、残しておきたいデータ”の保存先は、今後もHDDがベストの選択肢と言える。たとえば、個人向けのデータの場合、持ち運ぶことのない遊ぶ頻度が減ったゲームデータを保存しておいたり、長年撮り貯めた写真やビデオなどを保存しておいたり、といった使い方が考えられる。SSDとHDDはそれぞれのメリットと役割を活かして、今後も適材適所で使われることとなるだろう。
SSDの最重要部品であるNAND型フラッシュメモリは、現在でも技術革新が進行中だ。最新世代の3D NAND型フラッシュメモリは、積層数が100層を超え、300層クラスまでは視野に入っている。将来的には、500層以上に達する可能性もある。記憶容量を飛躍させる技術としては、5bit/セルのPLC技術の実用化が注目されている。Western Digitalは、他社に先駆けて5bit/セルのPLCを発表しており、これが製品化されれば、QLCの1.25倍、TLCの1.66倍の記憶密度を実現でき、大容量化、ひいては低価格化を押し進めることができる。
また、データセンター向けに、超高速なSLCのNAND型フラッシュメモリが開発されているほか、TLCやQLCのNAND型フラッシュメモリも書き込み速度の高速化が図られている。たとえば、Western Digitalでは、前世代(96層世代)と比較して50%高速な112層のNAND型フラッシュメモリをすでに発表しており、近い将来このNAND型フラッシュメモリを搭載したSSDが登場することになるだろう。
SSDは、多機能化も検討されている。データセンター向けにストレージの仮想化機能を備えたネットワークに直接接続して利用するSSDの開発が進むほか、これまでCPUで行なっていた処理の一部をSSDのコントローラで行なうインテリジェント化も検討されている。もちろん、PCI Express 5.0などの新たなインターフェースが登場すれば、迅速に対応製品が登場することも視野に入っている。老舗のフラッシュメモリ製造・開発メーカーとして高い技術力を誇り、長年にわたって多くの知見を蓄積してきたWestern Digitalは、この強みを活かして、今後もSSD市場をリードしていくことは間違いない。
[制作協力:Western Digital]