NAS EXPO 2015 秋
データ復旧のプロが語った
「HDDの構造から最新技術、データ復旧技術の最新事情」
~HDDサプライヤー興亡の歴史から最新技術まで~text by 石井英男
2015年10月22日 11:30
2015年10月10日(土)、11:00~18:00にベルサール秋葉原において、NASに関する総合イベント「NAS EXPO 2015 秋」が開催された。
ここでは、ステージで行なわれたセッションの中でも特に興味深かった、くまなんピーシーネット代表の浦口康也氏のセッションの内容を紹介しよう。
なお、イベント全体のレポートについてはこちらに掲載中だ。
「HDDは消耗品である」くまなんピーシーネット代表の浦口氏
くまなんピーシーネットは、2002年に設立された熊本のベンチャー企業で、データ復旧サービスやデータ復旧ソリューションの開発・販売を行なっている。
今回のイベントでは、同社のデータ復旧サービス「WinDiskRescue」や暗号化ソフト「SecureAge」、データ復旧ツール「PC-3000 Portable System」などが展示されていた。同社のデータ復旧や暗号化に関する技術は世界トップクラスであり、Westren Digltalの公認データリカバリー・パートナーとして認定されているほどだ。
くまなんピーシーネットのセッションは、「HDDの構造とデータ復旧技術の最新情報について」というものである。登壇した同社代表の浦口康也氏は「HDDは修理不可の消耗品である」と言い切り、普段からそのつもりでPCを運用することが大事だと語った。
HDDサプライヤー興亡の歴史
浦口氏は初めにHDDの歴史を振り返った。1986年頃には、実に76社ものHDDサプライヤー(HDDメーカー)が存在したが、年々廃業や統合によって減っていき、7年後の1993年には36社と半分以下になった。2015年の現在に至ってはSeagate、Western Digital、TOSHIBAの3社しか残っていない。
かつて存在したHDDサプライヤーが、どのHDDサプライヤーに買収されかというチャートも示されたが、古くからのPC自作派にはその名前を懐かしく思う人も多いことだろう。
垂直記録方式や瓦記録方式、研究中の技術などHDDの最新技術を解説
続いて浦口氏は、HDDの構造についての解説を行なった。
HDDの基本的な構造についてはご存じの方も多いだろうが、HDDはプラッタと呼ばれる円盤に磁気ヘッドで情報を記録・再生する装置である。HDDの進化の歴史は、記録密度向上の歴史でもあり、ある記録方式やヘッド技術が限界に近づくと、新たな記録方式が考案され、その限界を乗り越えてきたのだ。
HDDの記録密度を上げるための技術として同氏が解説したのが、垂直記録方式、瓦記録方式、熱アシスト記録方式、マイクロ波アシスト記録方式である。
垂直記録方式
垂直記録方式は、すでに数年前から主流となっている技術で、それまでのHDDでは、記録層に対して磁化の方向が水平であったが(長手記録方式などとも呼ばれる)、垂直記録方式では磁化の方向が垂直であり、記録密度を高めやすいという利点がある。
瓦記憶方式
瓦記録方式(SMR)は、昨年実用化された新しい記録方式であり、瓦を重ねるように、トラックの一部を重ね合わせて記録していくことが特徴だ。書き込み時は上書きするのではなく、追記していくことになるため、古いデータは不要データとして残るが、バンド単位でクリーニングされる。
クリーニング処理自体はバックグラウンドで行われるが、その際にパフォーマンスに影響が出るという。
研究中の記録方式
熱アシスト記録方式やマイクロ波アシスト記録方式は、さらに記録密度を高めるための技術である。熱アシスト記録方式はレーザー光を当てて一時的に温度を上げることで、マイクロ波アシスト記録方式はマイクロ波磁界を利用することで、書き込みをしやすくする技術だ。
どちらも研究中だが、熱アシスト記録方式は実用化直前まで来ている。
製品化されたばかりのヘリウム充填HDD
次に、最近実用化されたヘリウムHDDについての解説が行われた。
ヘリウムHDDは、従来のHDDでプラッタ間を満たしていた空気の代わりにヘリウムガスを充填する技術。空気の場合、その中に含まれる窒素や酸素などの分子が抵抗となって、ヘッドがぶれるという問題があった。そこで空気より分子が小さく抵抗の少ないヘリウムガスを使用することで、ヘッドのぶれが小さくなり、プラッタの厚みや間隔を削減することが可能となったという。また、抵抗が少ないため、動作温度も約4~5℃低減され、1TBあたりの消費電力も約半分となる。
不調を訴えるHDDと対話することで、データを復旧させる
浦口氏は、記録密度とアクセス速度、消耗という観点からHDDを見ると、10年前も現在もHDDのサイズ自体は変わらないのに、容量やアクセス速度は大きく向上しているため、メディアに物理的なトラブルがあった際に、それが致命的な障害となる可能性は格段に高くなっていると指摘した。
同社のデータ復旧サービスであるWinDiskRescueの真髄は「不調を訴えるHDDと対話する」ことにあり、例えば、あるヘッドが損傷して読み出せなくなっても、HDDに通常のPCからは送ることができない、ネイティブ命令を送ることにより、そのヘッドをなかったことにして、ブートシーケンスを通過させるということができるという
SSDはHDDよりもデータ復旧が難しい
WinDiskRescueは、HDDだけでなくSSDも対象となるが、SSDはHDDよりもデータ復旧が難しいことも解説された。SSDは製品によってコントローラが異なり、NANDフラッシュメモリにデータを書き込むアルゴリズムなども異なるからだ。
特に最近は、薄型化や軽量化のためにmSATAやM.2といった汎用インターフェイスを介さず、マザーボード上に直接SSDが実装されているノートPCなども出てきており、さらに復旧が難しくなったという。
ネット上の情報を鵜呑みにしない
浦口氏は、HDDトラブルを避けるためのポイントをいくつか解説したが、そのなかでデータ復元率をWebサイトなどで謳っているデータ復旧サービスはあまり信用できないと述べた。
なぜなら、データ復元率というのは、ユーザーが必要なデータを本当に復元できたかどうかで語られるべきものであり、実際に復元したデータをユーザーが確認しないと分からないものだからだ。くまなんピーシーネットのサイトでもデータ復元率は掲載されていない。
同様に「○○社のHDDは不具合が多い」といったネットでの評判も、あまり当てにはならないと指摘した。販売台数の多いHDDサプライヤーの製品は、例え不具合率が他社と同じであっても、トラブルが多いように見えるからだという。
データのバックアップやセキュリティの面から信頼の置ける外付けHDD = NASの活用を
浦口氏は、運用上のHDDトラブルを避けるためには、データの同期やバックアップ機能を備えた外付けHDDを使うこと、データ保存量を普段から把握しておくこと、デスクトップ画面上は一時的な保存場所としての利用にとどめることが大切だとした。
また、物理的なトラブルへの対策として、目的や利用環境に対して特性がマッチしたHDDを選ぶことも重要だという。
加えて、情報漏えい、セキュリティへの対策として、暗号化やパスワードなどアクセス権限の管理機能を備えたHDDを選ぶこともポイントとのことだ。
最後に浦口氏は、運用面でのトータル的な対策としては、純正度の高いHDDを選ぶことが重要であり、WindowsとMacが混在する場合は、OSに依存しないNASを選ぶのがよいと語り、本セッションの締めとした。
(石井英男)