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最安級のA620マザーでRyzen 9 9950Xは正常に動く?最新CPUの挙動をチェック

ハイエンドCPU×ローエンドマザーの両極端な組み合わせはありなのか text by 坂本はじめ

 AMDの新世代CPU「Ryzen 9000シリーズ」の最上位に位置するRyzen 9 9950X。国内販売価格は10万円を超えるハイエンドCPUだが、そんなRyzen 9 9950Xを約1万円で買えるローエンドマザーボードに搭載するとどうなるのだろうか。

 今回は、Socket AM5マザーボードの中でも最安値価格帯で販売されているMSI「PRO A620M-E」を使い、ハイエンドCPUとローエンドマザーボードというアンバランスな環境を構築した時に、Ryzen 9 9950Xがどのように動作するのか確かめてみた。

最安級のマザーボードでも一応動作はするRyzen 9 9950X、ただし……

 MSIのPRO A620M-Eは、AMD A620チップセットを搭載したSocket AM5対応microATXマザーボード。243.84×211mmのミニサイズ基板を採用しており、メモリスロットは2本のみで、VRMやM.2 SSD用のヒートシンクを省略した廉価仕様の製品だ。

 低コスト化を追求した設計により、税込みで1万円前後というSocket AM5対応マザーボードとしては最安級の価格を実現している。

最安級のSocket AM5対応マザーボード、MSI「PRO A620M-E」
Socket AM5では下位チップセットとなる「AMD A620」を搭載
VRMやM.2 SSD用のヒートシンクも省略した廉価設計が採用されている

 見るからにハイエンドCPUと組み合わせるためのマザーボードでない雰囲気のPRO A620M-Eだが、MSIの製品ページで公開されているCPU対応表にはRyzen 9 9950Xもリストアップされており、対応BIOSを導入することで動作させることが可能とされている。

 Zen 5世代の16コア/32スレッドCPUであるRyzen 9 9950XのTDPは170Wで、電力リミットのPPTは標準で200Wとされている。CPU対応表に記載されているとはいえ、本当に動作させることができるのだろうか。

PRO A620M-EのCPU対応表。Ryzen 9 9950Xがリストアップされている
Zen 5世代の16コア/32スレッドCPU「Ryzen 9 9950X」
Ryzen 9 9950XのCPU-Z実行画面

 結論を言えば、対応BIOSを導入したPRO A620M-EはRyzne 9 9950Xを動作させることが可能だ。

 ただし、PRO A620M-Eに搭載したRyzen 9 9950Xの電力リミット(PPT)は「88W」に制限される。これは標準の200Wを大きく下回るものであり、Socket AM5ではTDP 65WのCPUに適用される数値だ。また、電流リミットのTDCとEDCについてもTDP 65Wモデル相当の数値に引き下げられている。

PRO A620M-Eに搭載したRyzen 9 9950Xのリミット設定、PPT=88W、TDC=75A、EDC=150Aとなっている
Ryzen 9 9950Xの標準的なリミット設定、PPT=200W、TDC=160A、EDC=225Aに設定される

 TDP 65W相当のリミット値と言えば、Ryzen 9 9950Xなど上位CPUにAMD標準の省電力設定「Ecoモード」で適用される数値。つまり、PRO A620M-Eに搭載したRyzen 9 9950Xは、強制的にEcoモードで動作しているとも言える。

 もともと、A620チップセットはTDP 65W版CPU向けに用意されたもので、TDP 65W以上のCPUは起動可能ではあるものの、適用される電力リミットはマザーボードのVRM性能に依存するとされている。PRO A620M-Eは過不足なくTDP 65W向けに設計されているため、Ryzen 9 9950Xを搭載してもTDP 65W相当の動作に制限されるというわけだ。

強制EcoモードのRyzen 9 9950Xでベンチマークテストを実行PPT=200Wのテスト結果と比較してみた

 PRO A620M-EによってEcoモードを強いられたRyzen 9 9950Xの性能はどれだけのものなのか、PPT=200W対応マザーボードに搭載した場合の性能と比較してみよう(以降、PRO A620M-E環境をA620マザー、比較環境をB650マザーと略して表記する)。テスト環境は以下の通りで、OSのWindows 11にはRyzen向けの性能改善アップデート「KB5041587」を適用している。

 なお、メモリにはDDR5-5600動作の16GBメモリを2枚搭載しているのだが、PRO A620M-Eと比較用のB650マザーではメモリコントローラとInfinity Fabricの動作クロックが異なっている。これについては、両マザーボードのデフォルト設定が違うためで、手動で動作クロックを揃えたりはしていない。

Cinebench 2024

 Cinebench 2024でA620マザーが記録したスコアは、CPU (Multi Core)が「1,632pts」、CPU (Single Core)は「136pts」だった。

 CPU (Multi Core)では「2,100pts」を記録したB650マザーを約22%も下回っているが、CPU (Single Core)では逆に約1%上回っている。すべてのCPUコアを稼働させると電力リミットの制限で性能が低下する一方、1コアしか稼働しないためPPT=88Wでも電力リミットに達しないSingle Coreでは、メモリコントローラとInfinity Fabricが高クロックで動作しているA620マザーに分があるようだ。

Cinebench R23

 Cinebench R23でA620マザーが記録したスコアは、CPU (Multi Core)が「28,085pts」、CPU (Single Core)は「2,274pts」。

 B650マザーのスコアと比較すると、CPU (Multi Core)は約32%も下回っている一方、CPU (Single Core)のスコアはほぼ同等となっている。

3DMark「CPU Profile」

 CPUスレッド数毎のパフォーマンスを計測する3DMark「CPU Profile」では、1~4スレッドではA620マザーとB650マザーが同程度のスコアを記録しているものの、8スレッド以上ではA620マザーのスコアが大きく落ち込んでいる。

 この結果からは、どの程度のCPU負荷でA620マザーの電力リミット(PPT)を使い切るのかを読み取ることが可能だ。スコアが大きく落ち込んだ8スレッドの時点で電力リミットスロットリングが作動しているのは明らかで、若干ながらスコア低下が見られる4スレッドあたりで既に88Wのリミットを使い切っているであろうことがうかがえる。

ファイナルファンタジーXIV: 黄金のレガシー ベンチマーク

 ファイナルファンタジーXIV: 黄金のレガシー ベンチマークでは、フルHD/1080p解像度でグラフィックプリセットを「最高品質」に設定し、動的解像度(DLSS/FSR)は無効にした状態でテストを実行した。

 A620マザーのスコアは「30,562」で、B650マザーの「30,981」をわずかに下回っているものの、ほぼそん色ないパフォーマンスが得られている。後ほど推移グラフでも紹介するが、ベンチマーク実行中のCPU消費電力はA620マザーが平均85.9W(最大88.1W)で、B650マザーが平均82.6W(最大200.0W)なので、電力リミットの差がパフォーマンスにあまり影響しなかったようだ。

システム消費電力とワットパフォーマンス

 ベンチマーク実行中にワットチェッカーで計測したシステム消費電力をまとめたものが以下のグラフ。

 アイドル時の最小消費電力はA620マザーが63.0Wで、B650マザーの66.5Wより若干低かった。

 ベンチマーク実行中の平均消費電力については、CPUに最大限の負荷を掛けているCinebench 2024とCinebench R23においてA620マザーが「169.9~170.3W」を記録しており、B650マザーの「329.3~333.3W」より明らかに低い結果となっている。電力リミット88Wと200Wの差が顕著に現れた結果と言える。

 一方、FF14ベンチ(ファイナルファンタジーXIV: 黄金のレガシー ベンチマーク)実行中の平均消費電力は「353.0W」を記録したA620マザーが、「348.4W」のB650マザーより若干高かった。ほぼ同等のスコアを記録していることから消費電力の結果も同程度となるのは自然な結果であり、A620マザーの方がやや高かったのにはVRMの変換効率差などが効いているものと考えられる。

 ベンチマークスコアを平均システム消費電力で割ることによって求めた「ワットパフォーマンス」を、B650マザーを基準に指数化したものが以下のグラフ。

 A620マザーのワットパフォーマンスは、Cinebench 2024でB650マザーの約1.5倍、Cinebench R23でも約1.3倍を記録しており、88Wの電力リミットによって低電圧かつ低クロック動作になることで電力効率が改善する様子が確認できる。

 一方、FF14ベンチではA620マザーがB650マザーをやや下回っている。ベンチマークスコア自体がほぼ同等で、消費電力も同程度だったので、これは当然の結果だ。

CPU温度とモニタリングデータの推移グラフ

 ベンチマーク実行中に取得したモニタリングデータから、CPU温度をまとめたものが以下のグラフ。

 Ryzen 9 9950Xの温度リミット(TjMax)は95℃であり、A620マザーもB650マザーも温度リミットの範囲内で動作していることが分かる。

 電力リミットスロットリングが作動しているCinebench実行中のCPU温度は、B650マザーが平均86.3~86.5℃を記録している一方、A620マザーは平均47.7~48.0℃と40℃近くも低い。CPU消費電力は発熱量とみなせるので、88Wと200Wの電力リミットではCPUクーラーに要求される冷却性能が全く変わってくることが分かる。

 少しおもしろいのがFF14ベンチ実行中の温度だ。どちらのCPUも平均CPU消費電力が88Wを下回るこのテストにおいて、B650マザーはCinebench実行時より低い平均CPU温度を記録しているのに対し、A620マザーはCinebench実行時より明らかに高いCPU温度を記録している。

 CPUの発熱量が減っているB650マザーの結果は理解しやすいが、なぜA620マザーのCPU温度はCinebench実行時より高いのか。答えはゲーム向けのコアパーキング最適化によってCPU処理をCCD_0に集中させた結果、2基のCCDをフル稼働して88Wの電力を消費するCinebench実行時より熱密度が高まったためだ。昨今のCPU冷却の難解さが垣間見える結果と言えよう。

Cinebench 2024「CPU (Multi Core)」のモニタリングデータ
A620マザー(PPT=88W)
B650マザー(PPT=200W))
Cinebench R23「CPU (Multi Core)」のモニタリングデータ
A620マザー(PPT=88W)
B650マザー(PPT=200W))
FF14ベンチのモニタリングデータ
A620マザー(PPT=88W)
B650マザー(PPT=200W))

強制Ecoモードはおもしろいが9950Xを定格TDPで使えないのはもったいない

 もっとも安価なSocket AM5マザーボードのひとつであるPRO A620M-Eでも、Ryzen 9 9950Xを動かすことは可能だったが、電力リミットをTDP 65W相当に制限される強制Ecoモード状態になってしまう。

 Ecoモードはいつでもフルパワーモードと切り替えられるからこそ魅力的にみえる機能でもあり、Ecoモードでしか使えないとなると余力をだいぶ残すことにもなる。テストする分にはおもしろい強制Ecoモードだが、PRO A620M-EとRyzen 9 9950Xの組み合わせは、ハイエンドCPUのスペックを使いきれない部分はもったいないと感じてしまうのではないだろうか。

 今回のテストでRyzen 9 9950Xが示したように、現代のCPUは電力リミットの設定次第で性能も発熱もまるで別物のように変化する。電力リミットにはマザーボードのVRM性能が多分に影響するため、CPU対応リストに記載のあるCPUであっても、今回実際に動かして見て分かったように、動くには動くがTDP値より低い電力リミットでの動作となる場合もある。各メーカー対応可能な最大電力リミットに関しての記載がなく、「試してみたら実はこうなっていた」と分かるという状況はよいとは言いにくい。細かい情報ではあるが、購入前に確認できるよう情報提供してもらいたいものだ。