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3D CG制作に最も重要なのは“SSD”だった、プロのクリエイターが求めるPCの性能とは

Samsung SSD 970 EVO PlusとRyzen 7で作業が快適に text by 日沼諭史

ゲームや映像作品の3D CG制作を手がける「SAFEHOUSE」を今回取材した。
同社の取締役かつリードデザイナーも務める鈴木卓矢氏。
3D CGを制作するプロの現場では、実はSSDが大活躍しているという。

 限られた予算内で「3D CG制作も可能なハイスペックなPCを……」と考えたとき、みなさんは何を重視しなければならないと感じるだろうか。

 3D CGを扱うとなると、昨今のヘビーな3Dゲームに適したPCと考慮すべきポイントはさほど違わないように思える。であれば、グラフィック性能の要となるGPUに予算を多めに配分し、CPUもそれに見合う可能な限り高速なものにすべきと考えるのではないだろうか。

 あとは予算残高に応じてメモリ容量を調整しつつ、コストパフォーマンスの良い小容量のSATA SSDとデータ保管用の大容量HDDを組み合わせる……という感じかもしれない。少なくともそこで、GPUやCPUよりも先に「高性能なSSDを」と考える人はまれのはずだ。

 ところが実際の3D CG制作の現場では、高性能なSSDが最も重要なパーツとして認識されているという。

 著名なゲームや映像作品の3D CG制作を手がける「SAFEHOUSE」は、まさにその高性能なSSDの恩恵を受けている企業の1つ。

 米Blizzard Entertainmentのゲーム音楽レコーディングなどを手がけた経歴をもつ由良浩明氏を筆頭に、同じく米Blizzard Entertainmentやスクウェア・エニックスで3D CGおよび映像制作の経験を積み重ねてきた鈴木卓矢氏ら、10名弱からなるプロフェッショナル集団だ。

 同社は設立が2019年1月と間もないが、そのタイミングでTSUKUMOの協力のもと、BTOパソコン「G-GEAR」シリーズを10台導入した。パーツ選定にあたって最もこだわったのはSSD。選んだのはSamsung製のNVMe(NVM Express) SSDである「SSD 970 EVO Plus」(1TB/M.2)だった。CPUでもGPUでもなく、なぜNVMe SSDに注目したのか、由良氏と鈴木氏のお2人に話を伺った。

リアルタイムレイトレーシングの登場で変わりつつあるCG制作時代はプリレンダーからリアルタイムレンダリングへ

 SAFEHOUSEの代表取締役である由良氏は、米Blizzard Entertainmentの代表作の1つ「Diablo III」のサウンドレコーディングをはじめ、多数のゲーム、アニメ、その他映像作品に音響監督などとして関わってきた。現在はSAFEHOUSEの経営を一手に引き受けつつ、プロデューサーとしての手腕を発揮している。

 一方の鈴木氏は、大学卒業後にスクウェア・エニックスに入社。それから米Blizzard Entertainmentに5年間勤め、同社Cinematics Divisionでゲームのオープニングムービーやトレイラーなどの制作に携わった。

株式会社SAFEHOUSE 代表取締役 由良浩明氏。
株式会社SAFEHOUSE 取締役 Modeling Supervisor 鈴木卓矢氏。

 由良氏とはBlizzard時代に知り合い、現在はSAFEHOUSEの取締役 Modeling Supervisorとして、ゲームもしくはムービー用の3D背景モデルの制作チームを率いている。G-GEARシリーズのBTOパソコンをフル活用しているのも同氏のチームが中心だ。

 G-GEARシリーズを導入することになったのは、3D CG制作において信頼性の高いハイスペックなPCが必要になると考えた由良氏が、BTOパソコンで定評のあるTSUKUMOに相談したのがきっかけ。プロの3D CG制作の現場で求められるPCがどういうものなのかを正確に把握し、そのノウハウをPC製品の今後の開発に活かしたいというTSUKUMO側の思惑とも一致した。

 SAFEHOUSEが導入した10台のPCのスペックは、一律以下の構成となっている。ストレージにSamsung製のNVMe SSD(1TB/M.2)をチョイスし、CPUはAMD Ryzen 7 2700を、GPUは現時点でGeForceシリーズの最高峰となるRTX 2080Ti(ZOTAC製)を搭載している。それ以外の目立つ部分としては、メモリを搭載可能な上限となる64GBに増設しているところだろう。

TSUKUMOのBTOパソコン「G-GEAR」。
ブラックを基調としながら、要所にあるLEDでアクセントをつけたPCの内部。
会議室にも鈴木氏らが使用する3D CG制作用マシンと同じスペックのものを設置。
ミーティングで3Dモデルの確認などを行うときに活用されているとのことだ。
制作現場で使用されているPCの構成
CPUAMD Ryzen 7 2700
マザーボードAMD X470チップセット搭載品
メモリ64GB(16GB×4枚)/DDR4-2666
GPUGeForce RTX 2080Ti(GDDR6 11GB)
SSD1TB/M.2(Samsung SSD 970 EVO Plus)
HDD4TB(WD Blue)
電源750W(80PLUS GOLD認証)
光学ドライブDVDスーパーマルチ
ケースG-GEAR ATXミドルタワーゲーミングケース(69JD)
OSWindows 10 Pro 64-bit

 このPCスペックの素案は、由良氏の古くからの知り合いであり、SAFEHOUSEと国内マネージメント契約をしているドイツ在住のクリエイター エラスマス・ブロスダウ氏が検討した。同氏が指向するのは、現在主流のプリレンダーのCGとは異なる「リアルタイムレンダリング」によるCG制作手法だ。

 プリレンダーは、ゲームで言えばオープニングなどで動画として流れるCGのこと。動画になっているので視点変更などはできず、ユーザーは眺めるだけになる。一方のリアルタイムレンダリングでは、3Dゲームの操作時と同様、ユーザーの好きなタイミングで視点変更したり、ゲームの進行状況に応じてオブジェクトを差し替えたりすることが可能になる。

 プリレンダーの映像は、レイトレーシングを使った高品質なものが主流。光や影、反射など、レイトレーシング有無で映像のリアリティには大きな差がでるので、リアルな映像をつくるのであればプリレンダー以外は選択肢が無い状態だった。

GeForce RTXの登場でゲームでのリアルタイムレイトレーシングが実現、CG映像の分野でも転換期が訪れつつある。

 ただし、レイトレーシングに対応したゲームエンジンの「Unreal Engine 4」やNVIDIAのリアルタイムレイトレーシング対応GPU「GeForce RTX(Turing)」の登場で状況は変わりつつある。プリレンダーを完全に置き換えるまでにはまだ時間はかかるが、リアルタイム処理でもレイトレーシングが利用可能になりつつあり、エラスマス氏もUnreal Engine 4を使った映像作品を制作している。

 SAFEHOUSEを設立したのは、エラスマス氏の作品に魅せられた由良氏と鈴木氏が、「プリレンダーの流れをもちつつも、リアルタイムレンダリングという表現方法を混ぜて、新しいことができるのでは」と考えたのがきっかけの1つだという。

 3D CG制作にリアルタイムレンダリングの手法を応用できれば、膨大な時間が必要なプリレンダーの工程なしに最終的な映像を素早く確認できる。もし細部に修正が必要になったとしても、その場で即座に変更し、クリエイターやクライアントの意図を正確に反映できるだろう。鈴木氏は、3D CG制作では「スピード感がクオリティに直結する」と断言する。リアルタイムレンダリングを採用することでプリレンダーに必要な時間をそっくり省略でき、「余った時間でさらに品質を高められる」からだ。

 今のところ鈴木氏とそのチームが手がける背景モデリングにおいてはプリレンダーがメインではあるが、今後徐々にリアルタイムレンダリングに移行し、その手法を確立するとしている。もちろん、現段階のリアルタイムレンダリングは、レイトレーシングによるプリレンダーに比べて細部の品質に劣るところはある。それでも、「プリレンダーと遜色のないクオリティで見せることができる手法もある」と由良氏。リアルタイムレンダリングにより、これまでにない圧倒的な制作スピードとクオリティを、低コストで実現できるとアピールする。

NVMe SSDで「体感500%短縮」仕事の妨げになっていたオートセーブの待ち時間が一気に短縮

3D CG制作に使用しているPCに搭載されている「Samsung SSD 970 EVO Plus」の1TBモデル。最新世代のV-NANDを採用し、ファームウェアのチューニングにより最大リード3.5GB/s・最大ライト3.3GB/sをうたう。1TBモデルのTBWは600TBで、耐久性の高さも特長となっている。
実際に使用されているPCのディスク速度を計測。シーケンシャルリード・ライトは3,000MB/s以上で、それぞれ公称値に近い速度が発揮されていた。

 そうした日々の3D CG制作において、G-GEARは「文句のつけどころがない」と言い切る鈴木氏。では、現在メインとなっているプリレンダーや、今後主流になると見込むリアルタイムレンダリングにおいて、このPCは具体的にどこがどう優れているのだろう。

 同氏によると、少なくともプリレンダー向けのモデリング作業では、最も重要なのがNVMe SSD。その次にメモリ、GPU、CPUという優先順位になるという。

 その理由は、「データセーブの高速さ」にある。同社では現在フルHD解像度のCG制作が中心で、時々4K解像度も扱うとのことだが、モデリングの際にはそこにさまざまなアセットと呼ばれるデータも多数含まれる。プロジェクト1つで数GBの容量になることも珍しくない。

 当然、扱うデータが多くなるほど容量が増え、セーブに時間がかかる。「セーブ時間が長いと作業が途中で止まり、集中力が切れるんです」(鈴木氏)。

 データが失われるリスクを最小限にするため、定期的にオートセーブを行うことは鉄則。大規模プロジェクトともなると、HDDにデータをセーブする場合は5分以上かかることもざらとのことだ。たとえ1時間に一度オートセーブするとしても、いきなり5分間も作業を中断せざるを得ないとなれば集中力が途切れても仕方がない。

 ところが、SamsungのNVMe SSDを搭載したG-GEARでは、「体感的に500%以上は高速。ほとんど気にならないレベルの待ち時間になる。今までセーブ中はWebサイトを見て暇をつぶしたり、スマホをいじったりしていたけれど、それすらも許してくれない」と笑う。セーブ時のロスがなくなったため、現在は30分に一度オートセーブするようにし、万が一トラブルで手戻りが発生しても、最低でも30分前の状態から再開できるようになった。

 「スクウェア・エニックス時代から、“セーブしないのは仕事していないのと同じ”と言われてきた。1日の仕事が終わって帰ろうとしたとき、セーブ前にマシンが落ちたら、その日は何もしていないことになる。常にセーブを意識しないといけないけれど、作ることに集中すると忘れてしまう」と鈴木氏。

 セーブ忘れを防ぐには、時間のかかるオートセーブは不可欠。しかしNVMe SSDのおかげで中断されることがなくなり、段違いに作業がスムーズになったという。

複数アプリケーションを同時使用することが多いプロの現場大容量メモリ環境が必須に

「ZBrush」の操作を見せていただいた。モデリングは「Maya」がメインに使われるが、布を扱った物をモデリングするなら「Marvelous Designer」、テクスチャなら「Photoshop」といったようにさまざまなツールを同時に使うため、メモリは多く搭載している必要がある

 メモリ容量の重要度が2番目に高いのはなぜなのか。同氏は、3D CG制作において「ソフトの分業化」が進んでいることが背景にあると語る。

 3D CG制作がモデリング、アニメーション、エフェクト、コンポジット(映像の素材合成)と分野ごとに担当者が分かれているのと同じように、ソフトウェアについても、モデリングツールの「Maya」、布の動きをシミュレーションする「Marvelous Designer」、デジタル彫刻ツールの「ZBrush」、3Dペイントツールの「Substance Painter」、そして「Photoshop」というように、役割に応じて使い分ける形になっている。

 このため、アプリケーションを少なくとも同時に2つ、多い時は4つ以上立ち上げていることもあり、「メモリ容量が少ないとすべてのソフトのレスポンスが遅くなる」(鈴木氏)という。

 メモリ容量は普段の作業効率に直接的に響いてくるわけだ。「モデラーとしては、モデリング作業が速くスムーズになる方が良いので、SSDとメモリが最重要。とにかくデータを速く読み込んで、スムーズにCGが動いてくれる方が作業が止まらない」。

 リアルタイムレンダリングでも、SSDやメモリが重要であることに変わりはないと由良氏は話す。例えばゲームにおける3DシーンのコンパイルやビルドはCPU性能に依存するところが大きいが、どんなに高性能でも待ち時間はできてしまうもの。性能を上げても変化の少ない部分に投資するより、効果が高くなる部分を強化すべきだろう。同氏も「遅いストレージやメモリ不足で、その前の実作業がガタガタになると仕事にならない」と釘を刺す。

 ちなみに、1アプリケーションでメモリは16GB程度は使用するとのことで、最低でも合計32GB、複数アプリケーションを使っていることがわかっているなら合計64GBは欲しいそうだ。

 GPUについては、業務用という意味ではGeForceよりもQuadroシリーズを想像するところ。しかし、ビデオメモリ容量さえ十分に大きければGeForceで問題ないという。「モデリングにおいてはQuadroの安定性はあまり重要ではなく、それよりも高速な描画ができればいい。自分の作業内容にうまくアジャストできるマシン構成にするのが重要だと思う」と鈴木氏。Quadroの正確性などが必要になるのは、映像作品としては最終段の作業になるコンポジットの作業を行う時だそうだ。

 最も優先度の低いCPUも、もちろん速いに越したことはない。ところが、CPU性能が一番必要となるのは動画として映像を出力するレンダリングのとき。「モデラーは実はレンダリングはあまりしない。大きな会社ならレンダーサーバーがあるので、自分のPCでレンダリングを高速にする意義はますます薄れる」という。

 とはいっても、CPUにAMD Ryzenを選んでいるのには実は大きな理由がある。「I/O処理はRyzenが圧倒的に速いんです」と由良氏は言う。鈴木氏も、以前別のRyzen搭載PCを利用した際、データ量の極端に大きいプロジェクトの読み込み・出力を行ったところ、CPUコア数の多さが快適さに直結することがあったという。快適さが明らかに違ったため、当時、同僚のクリエイターとRyzen搭載PCの取り合いになったこともあったそうだ。

 現在使用しているPCに採用したRyzen 7 2700は、比較的低コストながら8コア16スレッドを実現したCPU。3D CG制作のような複数ソフトを同時使用する環境の場合、コア数やスレッド数の多さが活きるのではないか、と鈴木氏は見ている。

CPUに8コア/16スレッドのAMD Ryzenを選んだのは高速なI/O処理を狙ってのこと、並列処理を行うことがあるクリエイター用途に向いている。

これから3D CGをはじめる人はSSDとメモリ容量にこだわるべきリアルタイムレンダリングで高画質CG映像が身近になる?

鈴木氏が愛用するキーボード、ペンタブレット、3ボタンマウス
自身の長い指だとホイールが使いにくいため、レスポンスの良い有線タイプの3ボタンマウスにこだわっているという。日本国内ではほとんど販売されておらず、海外から取り寄せているのだとか。

 3D CG制作において、最優先すべきはSSDとメモリだと改めて強調する鈴木氏。

 「CPUが高速化して作業効率がアップしたかというと、そこまで体感はできていない。しかし、ストレージがHDDがSSDに変わったことで、作業は大きく変化した。データを扱うストレージが変わることで、作業がフレキシブルになるのをすごく感じます」と話す。

 さらに、「メモリをケチって16GBとかにする人もいると思いますが、それでは絶対に足りない。複数のアプリケーションを立ち上げるとあっという間に不足してしまう。CPUを速くしたくなりがちですが、それより高速なストレージや大容量のメモリが大切なんだということをわかってもらえれば」と続ける。

 一方、由良氏は「最先端のフルCG映画を例にすると、大作であれば1分間に1億円かかることもあると聞いているが、リアルタイムレンダリングであればクオリティの高い物でも600万円ほどで制作できるようになる」と予測する。

 リアルタイムレンダリングで作業の効率化やコスト低減を目指すにあたっては、「こうした高性能PCを利用する意味、影響は大きい」と語る。

 2019年末もしくは2020年には、同社は8K解像度のリアルタイムレンダリングにもトライする計画だ。今のところ「限界性能まで稼働させたことがない」というG-GEARとSamsungのNVMe SSDだが、「8Kで確実に限界は見えると思います。カクカクになるでしょうが、でもやってみたい。今のテクノロジーでどこまでやれるのか、それが今から楽しみです」と由良氏は期待に胸を膨らませる。

社内には鈴木氏や由良氏が関わった作品のポスターやフィギュア、グッズなどが展示されていた。アニメ・ゲーム関連クリエイターのバイブルとなっている「AKIRA」の単行本も置かれていた。

本当に重要なパーツを冷静に見極めるのが“高性能”PC選びのコツ

 自分の用途や目的にかなうPCを選ぶのは、楽しくもあり、難しくもある。パーツ選びに迷ってしまうと「とりあえずCPUを高速に」と考えがちなのは確かだ。

 今回、3D CG制作の現場ではSSDやメモリが重要であるというのはよく理解できたが、考え方としては他の用途に通用するところもありそうだ。

 自分が想定しているPCの使い方で、大容量データを頻繁に扱うことはないか、メモリを消費しやすい重いアプリケーションを使ったりしないか、というような点について、冷静に判断するべきかもしれない。

 一度すべてのパーツについてフラットに考え、場合によってはCPUやGPUの予算を削ってでも強化する部分を見直すのが、自分にとって快適でベストな“高性能PC”を選ぶコツなのではないだろうか。

 コンテンツビジネスに関する総合展覧会「コンテンツ東京 2019」が4月3日(水)~5日(金)に開催される予定となっているが、その中のProject White(TSUKUMO)ブースにて、SAFEHOUSEの由良氏や鈴木氏らによるCGクリエイター向けハードウェアの解説講演が予定されている。

 日時は4月3日(水)の12:45~13:45。クリエイター用のハードウェアに関して知識を深めたい方はチェックして欲しい。なお、コンテンツ東京 2019は事前に招待券を申し込めば無料で参加可能だ。

[制作協力:Samsung]

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