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PCパーツメーカー最大規模!MSIの工場でマザーボード完成までの一部始終を見てきた
1,000人が暮らす居住エリアも、自動化が進む巨大工場 text by 日沼諭史
- 提供:
- MSI
2024年4月2日 00:00
マザーボードやビデオカード、ゲーミング・クリエイター向けノートPCなど、ハイパフォーマンスなPCと周辺機器を世に送り出しているMSI。今や少なくないPC(パーツ)メーカーが、自社で工場を持たずOEMやODMのような委託製造に頼る体制をとるなか、同社はそれら製品の企画・開発はもとより製造まで自社で行っており、PCパーツメーカーとしては世界最大クラスの生産規模を誇る。
製造拠点は本社のある台北(台湾)のほか、中国本土の崑山(上海近く)と深センの計3箇所。そのうち、マザーボードやビデオカードといったPCの主要パーツを生産している深セン工場がメディア向けに公開されたので、現地で潜入取材を敢行した。MSIのマザーボードがどんな過程を経てできあがるのか、写真多めでレポートしていきたい。
街中に突如として現れる巨大工場、マザーボード/ビデオカード製造の一大拠点
MSIの深セン工場は、深セン宝安国際空港から車でおよそ30分弱ほどの距離にあり、香港からも近い場所に位置する。2001年に完成し、現在では3,000名を超える従業員を抱える。同社の工場としては崑山工場に次ぐ規模で、20万平方メートル(東京ドーム4個分以上)の敷地面積をもつ。
工場の所在地は人や車がけたたましく行き交う繁華街で、となりにはショッピングモールがあり、およそ巨大な工場があるとは思えない立地。しかし、いったんセキュリティゲートをくぐれば広大で閑静な工場の“街”が広がる。
深セン工場で製造しているのは主にマザーボード、ビデオカード、デスクトップPCで、完成品はここから日本を含む世界中に出荷される。マザーボードは月産130万台、ビデオカードは同100万台のキャパシティをもち、ISO 9001、ISO 50001、ISO/IEC 17025をはじめとする品質、管理体制などに関わる国際認証ももちろん取得済み。工場全体で使用する電力の約8%を屋上に設置したソーラーパネルでまかなうなど、近年は環境に配慮した取り組みも行っている。
生産拠点の集積地として知られ、海が近く、かつ近隣には香港や台湾といった中継地にもなる地域も存在する。そのような海上輸送に適した深センの利点が大いに活きているという同工場。実際のマザーボードの製造工程は、大まかに「部材の入庫・管理」「生産ラインでの製造」「完成品の検査、出荷」という流れになっており、以降はこれに沿って説明していきたい。
倉庫もスマート化、部材の自動収納とピックアップシステムも構築
最近の上位モデルのマザーボードになると、1枚の基板(PCB)には2,000を超える部品が詰め込まれている。マザーボードを製造するには当然その全部品をあらゆる部材メーカーから調達しなければならず、工場には毎日のように大量の部材が届くことになる。届いた膨大な数・種類の部材を適切に仕分け、管理する必要があり、その精度が後の生産ラインにおける効率や正確さ、引いては製品の品質にも影響してくる。
そのためMSIでは、特に2019年頃から工場内の自動化・機械化を積極的に推し進めている。人為的なミスが発生しにくい体制を構築することで、生産効率の向上やトータルのコスト削減を図り、製品の品質を向上させているという。入庫した部材の管理を適切に行うための「スマート倉庫」という取り組みもそのうちの1つだ。
たとえば、マザーボードに大量に取り付けられるコンデンサ(キャパシタ)などの小さな部品は、昔の映写機のフィルムのように、リールに巻き付けられた形で工場に届く。
後ほど説明する生産ラインでは、このリール内に封入された部品を1つずつ機械が抜き取ってマザーボードに配置していくわけだが、さまざまな形状・性能のものが存在しており、リール1個1個を人の目と手で確認しながら決まった場所に保管するのも、製品のモデルごとに必要な部品を探し当てて取り出すのも困難だ。
同社のスマート倉庫ではそうした課題を解決するために、リールの保管と取り出しを自動化するシステムを導入している。
複数のリールをまとめて機械にセットすると、リールに貼付されているQRコードを読み取って種類を確認し、内部のアームが所定の棚に格納していく仕組み。その日の生産内容に合わせて必要な情報(マザーボードのモデルを示す情報や数量)を入力すれば取り出すことができ、自動で仕分けられ、生産ラインの所定位置に運ばれる。
なお、現在のところこのシステムが対応しているのは一定サイズのリールに限られている。しかし、以前は20名ほどのスタッフがかかりきりになっていた作業がほぼ全て機械に置き換えられ、大幅な効率アップにつながった。他のサイズのリールについても同様のシステムで自動化していく計画だという。
生産ラインでの製造:高品質・高信頼を狙い独自機材を活用
では、マザーボードの製造に必要な部品が届けられた生産ラインでは、どのような工程を経て1つの製品に仕上がるのだろうか。
MSIの深セン工場では2つある建屋のうち1つがマザーボード製造に特化しており、最大で13ライン、つまり同時に13種類のマザーボードを製造できる能力をもつ。今回見学したフロアでは9つのラインが稼働しており、「MPG Z790 EDGE TI MAX WIFI」や「PRO Z790-P WIFI」などを製造中だった。PCBを投入する生産ラインの始点から、梱包する終点までの長さはおよそ90メートル、1台を製造するのにかかる時間は約40分だ。
具体的な生産の流れはこのセクション後半にある写真をご覧いただきたいが、MSIの生産ラインにおいて特徴的なのは、製品の品質(瑕疵のない良品率)を可能な限り高めるため、同社独自にカスタマイズした部材や機器が数多く活用されていることだ。
たとえば、部品をPCBにハンダ付けするときの「はんだペースト」は自社で研究を重ねて配合した特別なものを使用。PCBに載せたはんだや部品が正しい状態にあるかどうかを画像分析などで確認する機器はほとんどステップごとに用意しており、一部は機材メーカーと共同開発したカスタマイズ品を使用している。梱包直前の段階では、最もデリケートなCPUソケットのピン1つ1つの破損有無を詳細に確認するシステムもあり、これもカスタム機材だ。
製品自体もかなり細かく管理されており、MSIのマザーボード1つ1つには固有のQRコードがプリントされ、生産ラインではこれをもとに全行程をトラッキングできるようシステム化されている。どういうプロセスを経て製造された個体なのかを後から遡ってチェックでき、もしエラーが発生した場合は何が原因なのかの特定も素早く行うことができる。個体の問題の場合はエラーが判明した工程からやり直したり、修復作業などを行ったりすることもある。
ところで、PCBの両サイドに余分な「耳」が存在していることにお気づきだろうか。これは、ラインのなかをマザーボードが運搬されていくとき、もしくはアームなどで把持する際にパーツのズレ・破損等が発生することを防ぐために同社独自に考案したものだ。
最終的に「耳」は不要になるため、ラインにはそれを機械でカットするプロセスもある。ただし、単純にカットしただけだと角が鋭くなってしまいユーザーのケガにつながることから、リューターなどで丁寧にバリ取りする工程も設けられている。こうした細かな配慮は品質にこだわる日本のユーザーや代理店からの要望を反映したものだという。
ラインの終盤では組み立てが完了したマザーボードの全数動作検証も行っている。ここでも効率的かつ漏れのないチェックができるよう、マザーボードの全コネクタ、全ポートにワンアクションで検証用機材を装着できるようにする独自開発の治具を使用している。CPUのピン折れなどを防いで安全に脱着する専用治具もオリジナルのものだ。
運搬時に用いる梱包材についても、日本市場からの要望を受け、より頑丈な分厚いものに切り替えたという経緯もある。最終的な製品の品質につながる重要なポイントを、日本ユーザーのニーズや意向に沿って改善してきた。MSI製品はいわば日本市場に最適化している、と言っても過言ではないかもしれない。
MSIのマザーボードができるまで、生産ラインの工程を一気見
それではMSIのマザーボードがどのように製造されているのか、製造ラインのスタートからパッケージに梱包されるまでの工程を写真で紹介しよう。
完成品の抜き取り検査でより確実な品質管理を規格認証施設を兼ねた試験設備も
無事マザーボードが完成し、梱包が終わったらすぐに出荷……というわけにはいかない。MSIでは製造後の製品に対する厳重な抜き取り検査も常に実施しており、それにパスすることでようやく出荷にこぎつけられることになる。
ロットサイズ(そのときの生産量)ごとに決められた一定の数量を完成品のなかからランダムで抜き取り検査するもので、たとえばロットサイズが500前後であれば通常は12個を抜き取り検査する。抜き取る個数は良品率や発注元の要望に応じて変わることもあるという。
マザーボード製品については、OSを起動した状態で専用の検証ソフトを用い、人の手によって各ポートで周辺機器を脱着するなど、1製品あたり20分ほどかけて1つ1つ丁寧に動作確認していく。ここで万一不具合が見つかれば、その個体の問題なのか、ロット全体の問題なのかを見極めることになる。
個体の問題ではない場合、製造機器や使用した部材に不具合があった可能性がある。同社では製品の出荷前段階の検査だけでなく、最初の部材入庫の段階でも部材ごとに同じように抜き取り検査を行う工程があるため、そうしたトラブルに遭遇する確率は低く抑えられている。
こうしたチェックの工程だけでは見つけることができないエラーが生じることもある。滅多にあるものではないが、特定の条件下が重なった場合にのみ不具合が生じるケースなど、発生条件が複雑な不具合などはより細かい検証が必要になる。
そうした事態に備え、工場内には部材などの分析・実験を専門に行うラボも設置している。ラボでは部材に含まれる成分や内部構造の分析を可能にするさまざまな機器を揃えており、たとえば、はんだ付けした内部に微小なクラックが発生しているために接触不良になっている、といったようなことも判定可能。そのトラブルが生じた原因を探り、ときには問題の発生しにくいはんだの開発などにもつなげている。
もちろん問題の解決だけではなく、製品の改良や高性能化にも役立てられており、開発の短縮などにも寄与している。
ラボは認証機関も兼ねており、規格に準拠しているかなどの認証も行うことができる。MSIの製品は当然として、他メーカーの製品の認証作業なども請け負っており、大手PCパーツメーカーから解析を依頼されることもあるそうだ。
重量とQRコードで荷物を管理、セキュリティ向上も兼ねスマート化が進む出荷倉庫
製造の面でもスマート化が進んでいるMSIの深セン工場だが、完成して出庫を待つ製品が保管されている倉庫もスマート化が進められている。
欠品や異物の混入を防止するため重量管理が徹底されているほか、梱包材の痛みなどを防止するため温度と湿度も常に調整されている。ちなみに、ここから日本へ製品が発送される場合、早ければ数日、遅くとも1ヶ月で到着するとのことだ。
1,000人が暮らす生活エリアも、工場自体が小さな町のような規模
敷地内には工場エリアに加えて、従業員やその家族ら約1,000人が生活する居住エリアがあり、それぞれが敷地の半分ずつで分けられたような構造になっている。
早朝から深夜まで稼働する大型のレストランに、日用品が揃うスーパーマーケットや果物の専門店などの店舗、ゲーミングPCが使えるeSports施設、図書館、トレーニングジムなど、工場敷地内で生活に困らないよう一通り揃っている。工場の近隣にはショッピングモールや飲食店も数多くあるので、住環境に関してはかなり良さそうな印象だ。
多数のフィードバックを送ってくれる日本のユーザーに感謝高品質化と自動化を進めるMSIの深セン工場
今回の取材にあたり、深セン工場を統括する工場長の楊明篤氏から工場の特色などに関する解説があった。
その中で、品質向上に関しては「特に日本のユーザーからは率直なフィードバックをいただくことが多い」と謝意を述べる場面もあった。ユーザーからのフィードバックをもとに絶えず改善を続けてきたことが、現在の工場や製品のクオリティにつながっているとも語る。
品質向上だけでなく、効率化やコスト削減も図るため2019年から始めた自動化・機械化の進捗は、現在のところ全体の6割程度。必要人員を以前の半分近くに抑えながら生産量をさらに高めることができており、98.0%だった良品はさらに向上し、現在は99.5%にまでアップするなど顕著な効果が表れている。
人の手が介在する部分はまだまだ多いが、当面は自動化率を8割にすることを目標に掲げ、AIを活用した予防安全の仕組みを構築し、信頼性をより高めることも計画中だという。
トラブルを限りなくゼロに近づけるための考え方やシステムを至るところに取り入れ、こだわりの強いユーザーの眼鏡にもかなう製品づくりを意識していると感じられたMSIの深セン工場。深センと聞くと日本からは距離もあり、親しみを感じる人は多くないと思うが、MSIは我々日本人にとっても親しみ深い台湾に本社を構える企業。昔から接点がある地域であり、価値観などが近い部分もある。
マザーボードやビデオカードなどの製品は中国で製造されているが、こうしたバックグラウンドがあることも、自然と日本人にマッチするような製品がつくられる要因になっているのではないかとも感じさせられた。高品質な製品が今後もMSIから数多く登場することを期待したい。