ボクたちが愛した、想い出のレトロパソコン・マイコンたち
未来を垣間見せてくれたキヤノンのハンドヘルドコンピュータ「X-07」
2019年4月9日 07:05
想い出に残る、懐かしのマイコン・パソコンを写真とともに振り返る本コーナー。今回は、キヤノンが1983年に発売したハンドヘルドパーソナルコンピュータ「X-07」を取り上げます。
据え置きで使うパソコンが台頭してきた80年代前半、それとは別に持ち運べるポケットコンピュータやハンドヘルドコンピュータへのニーズが高まっていた時期には、それらが各社から次々と発売されました。
これまでにも、PC-2001やJR-800、PC-8201、HC-20などを紹介してきましたが、今回は1983年にキヤノンからリリースされたハンディパーソナルコンピュータ「X-07」を取り上げました。
X-07のスペックは、メインCPUにZ80コンパチブルのCMOS8ビット・NSC800を、サブCPUにCMOS8ビット・カスタムチップを採用。RAMは標準で8kbytes、増設することにより最大24kbytesまで拡張することができます。ディスプレイは20文字×4行となっていて、120×32ドットのグラフィックス表示も可能でした。ちなみに、外部ディスプレイを接続することで、カラーを扱うこともできます。内蔵されている言語は、マイクロソフトBASIC互換のX07-BASICなので、命令体系も他機種とも似通っていました。
大きさはA5サイズ、重量はたったの480g、単3乾電池4本で駆動できるというハードで、これだけのスペックを備えて当時の定価が69,800円というのは、かなり攻めた価格設定だったと思います。
広告でも未来志向が謳われていて、中でも“ニューメディア対応のオプティカルカプラを装着すれば、赤外光によりケーブルレスデータ通信ができますから、X-07同士やプリンタ、電子タイプライタなどの周辺機器、さらにはホストコンピュータなど、離れた所へのデータ、プログラム、メッセージの相互通信が可能です(広告より)”とあるように、オプティカルカプラを利用することで80年代前半にコードレス通信を実現していたのは、かなり先進的だったのではないでしょうか。
基本的にはビジネス方面に向けた製品でしたが、当時の月刊誌『マイコンBASICマガジン』にはゲームプログラムなども掲載されていたほか、デービーソフトからはX-07向けタイトルが10本リリースされていました。うち5本がゲームで、オプティカルカプラまたはインタフェースケーブルを利用すると2人対戦も楽しめたと書かれています。1983年にコードレス対戦を体験していれば、その後の時代を見る目がまるっきり変わってしまったかもしれません。
キヤノンはこの後、MSX規格のパソコンを発売するため、ハンドヘルドコンピュータはこれが最初で最後になってしまいました。