ボクたちが愛した、想い出のレトロパソコン・マイコンたち
コンパクトで可愛いパソコン『ナショナル JR-100』
2023年7月11日 07:05
想い出に残る、懐かしのマイコン・パソコンを写真とともに振り返る本コーナー。
今回は、『はるみのプログラミングレッスン』といった書籍でお馴染みの高橋はるみさんも購入したパソコン・JR-100を取り上げました。
1981年というと、世間で流通していたパソコンはMZ-80KシリーズやPC-6001、PC-8001、PC-8801、ベーシックマスターシリーズ、FM-8、そしてPASOPIAにZX-81などで、まだまだパソコンの群雄割拠が続いていた時代でした。そこへ、松下通信工業株式会社 電卓事業部がナショナルブランドで1981年11月21日より発売を開始したのが、「54,800円の手軽なBASIC学習機。」とのキャッチコピーと共に登場したJR-100です。
雑誌『マイコン』1981年12月号でも“低価格マイコン時代”との特集で取り上げられ、「JR-100はターゲットを完全にホビーと学習用にしぼり、カラー、カタカナ文字等の機能をあえて取り去り、キーボードにもゴム接点一体キーを採用し、6万円を切るという大衆向き低価格を実現しています」と書かれていました。
その記事内に掲載されていたスペックとしては、CPUにMN1800(6802相当)0.9MHzを採用。RAMは16KBytesでカセットインタフェースは600ボー、音はブザー音となっています。本体がコンパクトな分、電源部分は内蔵せず、付属のACアダプタを接続して使用しました。そのボディサイズは、幅が29.6cmで高さが4.5cm、奥行きは15.4cmとなっていて、重量は約700gと非常に軽量です。実際に手で持ってみると、その軽さに驚くかもしれません。
画面の表示サイズは32文字×24行で、内蔵している文字やキャラクター、記号などは反転して使うこともできます。また、キーボードにはない任意のパターンや文字を自由に作ることが可能で、同時に32キャラクターまでを定義できるユーザー定義機能、いわゆるプログラマブル・キャラクタージェネレータ(PCG)が利用できました。さらに、CTRLキーを押しながらキーを入力することで、約7割の命令後をワンタッチで打ち込むことができるシステムも搭載しています。キーを入力するたびに「ピッ」という音がするのですが、ここは音程は異なるもののPC-6001に似ている部分でもありました。
モニタとの接続は、いわゆる赤白黄色線の黄色をテレビと繋ぐことで行いますが、7,500円で別売りされていたRFコンバータを使用することで、家庭用テレビにも接続できます。その際には、RFコンバータの電源を本体背面に接続する必要がありました。
ちなみに、高橋はるみさんがJR-100を購入した理由は『マイコンBASICマガジン』別冊の「マイコンBASICマガジンDELXE III」に書かれているのですが、それによると「はるみは『PCくん』とまったくちがった『マイコンくん』で「プログラム」を作りたかったからなの。だって、おなじような『マイコンくん』で作っても、『おもしろくなーい!』もん!!』ということでした。また、カラーが使えなかったり整数しか使用できないことについては逆に、スピードが速くなるから問題無い、と記しています。そのことについては、JR-100の投稿プログラムページにて同誌の投稿プログラムアドバイザー役として出演していたDr.Dが「JR-100のVRAMは0.8KBだから、例えばFM-8のVRAM48KBと比べると約48倍になる」ともコメントしていました。
なお、JR-100と同じ1981年に誕生したハードとしては、ベーシックマスターJr.とPC-6001、PC-8801、MZ-80K2E、MZ-80B、FM-8、PASOPIAがあります。PC-8801やMZの2機種、FM-8、PASOPIAはすべて10万円以上のお値段ということを考慮に入れると、JR-100のライバルとして考えられるハードは89,800円の、ベーシックマスターJr.とPC-6001のみでしょう。このうち、ベーシックマスターJr.とJR-100は標準ではカラーが出なくて、唯一PC-6001のみカラー出力が可能でした。しかし、お店で買おうとするとJR-100の54,800円は非常にインパクトが強かったので、当時パソコンを購入しようと思った人は、このあたりの機種で悩んだのでは無いでしょうか?
低価格パソコンとして登場したJR-100ですが、やはりパソコンでもカラーが使えなければ……という世間の流れに押されてしまったようで、約1年後には後継機種となるJR-200が発売された後、徐々にフェードアウトしていくことになります。