ボクたちが愛した、想い出のレトロパソコン・ゲームたち

“国民機”と銘打って登場したEPSONの「PC-286・386」シリーズと、数多くの作品を発売した老舗ソフトハウス「エニックス」

~永久保存版 80年代マイコン大百科~

“国民機”と銘打って登場したEPSONの「PC-286・386」シリーズと、数多くの作品を発売した老舗ソフトハウス「エニックス」 永久保存版 80年代マイコン大百科
永久保存版 80年代マイコン大百科

 連載「ボクたちが愛した、想い出のレトロパソコン・ゲームたち」の番外編として、この記事では総合科学出版から発売されている「永久保存版 80年代マイコン大百科」(著:佐々木 潤)の一部記事を抜粋し、紹介しよう。

 今回取り上げるページは、懐かしのマイコンたち!!編から「EPSON PC-286・386」編と、ボクたちを虜にしたソフトハウス編から「エニックス」。

 なお、書籍版では画像はモノクロ(電子書籍 Kindle版はカラー)だが、本記事ではカラーの写真を掲載している。


- 懐かしのマイコンたち!! -EPSON「PC-286・386シリーズ」- -


 EPSONが、広告で“PC国民機”と銘打って発売した機種、それがPC-286シリーズとPC-386シリーズだ。型番は主に搭載されているCPUからきており、一部を除けば80286または80386からPC-286XX/PC-386XXになっている。

“国民機”と銘打って登場したEPSONの「PC-286・386」シリーズと、数多くの作品を発売した老舗ソフトハウス「エニックス」 PC-386Vは、CPUに80386DX(ノーウェイト)を採用し、メモリも標準で1.6MBを搭載、それでいて値段も498,000円(ハードディスクオプションモデル)という、PC-9801RA対抗機種。筐体左側に鍵がぶら下がっている本体写真を見ると、当時を思い出すという人もいるはずだ。
“国民機”と銘打って登場したEPSONの「PC-286・386」シリーズと、数多くの作品を発売した老舗ソフトハウス「エニックス」 PC-386Vは、CPUに80386DX(ノーウェイト)を採用し、メモリも標準で1.6MBを搭載、それでいて値段も498,000円(ハードディスクオプションモデル)という、PC-9801RA対抗機種。筐体左側に鍵がぶら下がっている本体写真を見ると、当時を思い出すという人もいるはずだ。
PC-386Vは、CPUに80386DX(ノーウェイト)を採用し、メモリも標準で1.6MBを搭載、それでいて値段も498,000円(ハードディスクオプションモデル)という、PC-9801RA対抗機種。筐体左側に鍵がぶら下がっている本体写真を見ると、当時を思い出すという人もいるはずだ。

 最初に登場したのは、1986年4月に発売が開始されたPC-286 Model0。10月には5インチモデルのPC-286Vと3.5インチモデルのPC-286Uをリリースし、同スペックのPC-9800シリーズよりも2~3割ほど安い価格設定もあって好調な売れ行きを見せた。その後も、PC-9801RXシリーズに対抗するPC-286VEシリーズやPC-9801RAシリーズ対抗のPC-386シリーズなどを誕生させ、しばらくはNECとのライバル関係が続いていく。

“国民機”と銘打って登場したEPSONの「PC-286・386」シリーズと、数多くの作品を発売した老舗ソフトハウス「エニックス」 PC-286NOTE executiveは、NECのPC-98NOTEより2カ月早い1989年9月に登場。ディスプレイ部分は反射型FTN液晶を採用し、さらに超薄型のビデオ回路モジュールにより、当時としては世界一の薄さを実現していた。重量は2.2kgとPC-98NOTEよりも軽く、電源オンですぐに使える統合ソフトや1200bpsのモデムを内蔵。フル充電で3時間が使用可能など充実したスペックだったが、値段はPC-98NOTEのほぼ倍となる458,000円だった。
PC-286NOTE executiveは、NECのPC-98NOTEより2カ月早い1989年9月に登場。ディスプレイ部分は反射型FTN液晶を採用し、さらに超薄型のビデオ回路モジュールにより、当時としては世界一の薄さを実現していた。重量は2.2kgとPC-98NOTEよりも軽く、電源オンですぐに使える統合ソフトや1200bpsのモデムを内蔵。フル充電で3時間が使用可能など充実したスペックだったが、値段はPC-98NOTEのほぼ倍となる458,000円だった。

 省スペース型でも、87年にはNECのラップトップ機対抗馬となるPC-286Lシリーズを登場させ、89年9月にNECよりも早くノート型パソコン、PC-286NOTE executiveを市場へと送り込んでいる。

 EPSON互換機に勢いのあった時代だったからか、NECは自社が販売するMS-DOSなどがEPSON互換機では動かないようプロテクトを付けくわえる(通称EPSONチェック)といったことも行っていた。

 しかし時代は確実に進み、後にどちらもWindows OSという荒波の洗礼を受けることとなる


- ボクたちを虜にしたソフトハウス編 エニックス -


プログラマーズコンテストを行い、優秀な作品を多数発売!!

“国民機”と銘打って登場したEPSONの「PC-286・386」シリーズと、数多くの作品を発売した老舗ソフトハウス「エニックス」 第一回ゲーム・ホビープログラムコンテストの広告。賞金総額は300万円で、最優秀プログラム賞は1名100万円だ。
第一回ゲーム・ホビープログラムコンテストの広告。賞金総額は300万円で、最優秀プログラム賞は1名100万円だ。

 株式会社エニックスとして1982年よりソフト開発を開始し、翌年には小西六写真工業と合併した。83年末ぐらいからの広告に小西六エニックスの名前も併記して見られるようになったのは、このためだ。

 1982年に第一回ゲーム・ホビープログラムコンテストを行い、入賞した13作品を83年に一挙発売し、ソフトハウスとして一躍有名になる。このときに最優秀プログラム賞をゲットしたのは『森田のバトルフィールド』で、優秀プログラム賞が『ドア・ドア』だった。ほかにも、槇村ただし氏の『マリちゃん危機一髪』や堀井雄二氏の『ラブマッチテニス』も第一回入選作品だ。

 翌年に行われた第二回では、16人がデビュー。このときには望月かつみ氏『ロリータ・シンドローム』、鈴木孝成氏『芸夢狂人の宇宙旅行』などが発売された。

“国民機”と銘打って登場したEPSONの「PC-286・386」シリーズと、数多くの作品を発売した老舗ソフトハウス「エニックス」 第一回コンテストで入選した作品が、別の広告の右下に並んでいる。定価の基準は不明だが、2,800円から最高6,800円というのは、当時の一般的なソフトと同じ価格帯だろう。
第一回コンテストで入選した作品が、別の広告の右下に並んでいる。定価の基準は不明だが、2,800円から最高6,800円というのは、当時の一般的なソフトと同じ価格帯だろう。
“国民機”と銘打って登場したEPSONの「PC-286・386」シリーズと、数多くの作品を発売した老舗ソフトハウス「エニックス」 第二回ゲーム・ホビープログラムコンテスト受賞作品がゲーム化されたという広告。この頃はおおらかな時代だったこともあり、全員の顔写真が出ていた。ちなみに、パッケージ裏にも顔写真が使われている。こうして作品を見てみると、84年ということもありN-BASICを対象にしたタイトルも多い。
第二回ゲーム・ホビープログラムコンテスト受賞作品がゲーム化されたという広告。この頃はおおらかな時代だったこともあり、全員の顔写真が出ていた。ちなみに、パッケージ裏にも顔写真が使われている。こうして作品を見てみると、84年ということもありN-BASICを対象にしたタイトルも多い。

 コンテストに頼らない新作も積極的に発売しており、その代表作には83年にNEW GAMEシリーズとして登場した『アルフォス』『女子寮パニック』『ポートピア連続殺人事件』、84年の“青春援護会推薦 エニックス新作ゲーム”と題した『暗黒城』『ニュートロン』『ドアドアmkII』などが挙げられる。

“国民機”と銘打って登場したEPSONの「PC-286・386」シリーズと、数多くの作品を発売した老舗ソフトハウス「エニックス」 コンテストに頼らないタイトルも。当時の広告には『ポートピア連続殺人事件』『ドアドアmkII』『暗黒城』『ニュートロン』などのタイトルが並ぶ。
“国民機”と銘打って登場したEPSONの「PC-286・386」シリーズと、数多くの作品を発売した老舗ソフトハウス「エニックス」 コンテストに頼らないタイトルも。当時の広告には『ポートピア連続殺人事件』『ドアドアmkII』『暗黒城』『ニュートロン』などのタイトルが並ぶ。
コンテストに頼らないタイトルも。当時の広告には『ポートピア連続殺人事件』『ドアドアmkII』『暗黒城』『ニュートロン』などのタイトルが並ぶ。
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