特集、その他
アニメ制作の現場でNASのSSDキャッシュが活躍、実際の効果をライデンフィルムに聞いてみた
QNAP+Samsung SSDで遅延を最小に、最大200名のスタッフを支えるプロの制作環境とは text by 日沼諭史
2019年11月6日 06:01
データのバックアップ手段の1つとして、業務用途はもちろん個人用途でもメジャーになってきているNAS。HDDを複数搭載し、RAID環境を構築することで信頼性や読み書き性能の向上を図りつつ、大容量データの保管と、ユーザー間のファイル共有を容易にできるのが特徴だ。
ただし、HDDのみで構築したNASの読み書き速度は、昨今のPCで採用されているような内蔵SSDと比較してしまうと必ずしも高速とは言えない。できるだけ高速な読み書き性能を実現するため、SSDでNASを構築するのも手だが、大容量SSDがいまだ高価であることを考えると、HDDを選ばざるを得ないのが実情ではないだろうか。
しかしながら、NASの高速化にはもう1つ方法がある。最近ではSSDをキャッシュとして搭載できるNASも増えてきており、SSDキャッシュを搭載することで、ストレージはHDDのままでありながらSSDの性能に近いパフォーマンスを得られるようになるのだ。
こうした方法で、速度と安定性が求められる業務の改善に成功したのが、アニメ制作会社のライデンフィルム。QNAPのNASにSamsungのSSDを組み合わせることで、コストを抑えながら最大限の読み書き性能を発揮し、映像の緻密化とともにデータ容量が拡大の一途をたどるアニメ制作の現場を支えている。
アニメ制作会社におけるQNAP NAS+Samsung SSDのメリットはどこにあるのだろうか。同社でシステム管理を担当している総務部の馬場智之氏に話をうかがった。
計240TBのストレージでアニメ作品の素材や動画を管理SSDキャッシュでアクセス性能を向上
ライデンフィルムは、2012年に設立したアニメ制作会社。親会社のスーパーウルトラピクチャーズを筆頭とするグループ企業の1つであり、同グループ内には3D CGのアニメ制作を軸に展開するサンジゲンや、ライデンフィルムと同様の2Dアニメ制作を手がけるトリガーなどがある。
そのなかでコミックや小説などの原作をもとにした作品のアニメ化を担当することが多いというライデンフィルムは、会社設立から7年余りとはいえ、すでに30作品近くを制作してきた。「アルスラーン戦記 風塵乱舞」「レイトンミステリー探偵社 カトリーのナゾトキファイル」「新劇場版 頭文字D」「はねバド」などがよく知られているだろう。Amazon Prime Videoで2019年10月から独占配信を開始した「無限の住人-IMMORTAL-」や、同じく10月から放送をスタートした「放課後さいころ倶楽部」も同社の制作だ。
制作拠点は東京、京都、大阪に設けられ、都内の本社オフィスでは常時100名弱の社員が勤務する。プロジェクトの稼働状況によってはフリーランスのアニメーターも最大100名程度常駐することもある大所帯。
そんな同社がこのオフィスの全員が利用するファイルサーバーに選んだのが、SamsungのSSDをキャッシュに搭載したQNAPのNASだ。
以前からアニメの制作途中のデータや動画を保管するため、馬場氏はオープンソースのNASソフトウェア「FreeNAS」を用いた独自のファイルサーバーを設置していた。80万円ほどかけて容量40TB(HDD)のファイルサーバーに仕上げたが、そのHDD容量はすぐに底をついた。
そこで次に導入したのがQNAPのラックマウント型NAS「TS-1673U-RP」。一気に120TBもの容量に拡大し、現在もメインのファイルサーバーとして制作途中のデータや素材の格納に利用している。
また、完成した動画データの出力先および保管を目的に、QNAPの8ベイ対応NAS「TVS-872XT」も追加で増設。こちらは動画のみを保管する用途のため80TBとやや少なめではあるものの、それでも十分に大容量と言えるだろう。
SamsungのSSDは、この120TBと80TBの両方に、それぞれキャッシュとして500GB×2、1TB×2を搭載する形。キャッシュにより読み書き速度の向上を狙っている。
ちなみに、業務関連のデータは外付けHDDやクライアントPC側にバックアップをとるようにし、データが二重化されるようにしているとのことなので、社内で動作しているストレージの総容量は240TBの倍まではいかないものの、それに近い容量になるとのことだった。
1クールのアニメタイトルで使用するデータ量は2~5TB最大100人規模でアクセスしても動作する性能が必要
アニメ制作会社において、なぜ高パフォーマンスのNASが求められるのか。また、なぜQNAPのNASやSamsungのSSDが必要になったのだろうか。それを知るためには、まずライデンフィルムにおけるアニメの制作工程とデータの流れを知っておいた方がいいだろう。
同社の制作工程をざっくりまとめると、最初に手書きした原画(アニメ制作における原画と動画を含む)をスキャンしてTARGA形式で取り込んだ後、ペイントソフト「CLIP STUDIO PAINT」などを使ってPC上で制作して着彩する。
そうしてできあがった画像の動きを確認するための動画や、エフェクトなどをかけた動画の出力は、動画レンダリング専用のPCで行い、最終的に出来上がったシーンごとの動画を編集して1本の作品として完成させる。
ライデンフィルムでは、動画出力の際のレンダリングは5台のPCで構築したレンダーファームを介して行っているという。これはネットワークレンダリングと呼ばれるものだが、Adobe After Effectsのレンダリングは複数のPCで並列処理することで高速化することが可能で、業界ではレンダリング時間を短縮するために活用されているとのことだ。
原画のスキャン以降の工程で発生する動画以外のデータはすべて120TBのNASに、動画はレンダリングPCから直接80TBのNASにそれぞれ格納される。もちろん作成途中の画像や素材はアニメーターや制作スタッフ個人のPCにも保存しているが、素材として完成したデータは全てNASに集約する運用をとっている。
そのデータ量は1話当たり100~200GB。1クール(およそ3カ月間、12、13話分)に換算すると2TB以上になる。馬場氏によると、3D CGを多くのシーンで使っているような作品などでは特に容量が大きく、1クールで4~5TBくらいになったとのこと。
年間にすれば少なくとも(1クール1作品ずつ制作していたとしても)8TB以上、場合によっては20TB以上消費することになり、数年ごとにストレージの拡張を再検討し続けることが不可欠となる。したがって、新たなNASでは可能な限り容量の大きなものを、妥当なコストで導入できることが必要だ。
初代のSSDキャッシュを搭載しない40TBのファイルサーバーが、一連の作業工程において80MB/s程度の転送速度に止まっていたことも課題だった。
複数ユーザーからの同時アクセスの影響もあって、「ギガバイト単位の動画データをローカルPCにダウンロードしている最中に、データ転送速度が大幅に低下する」という「ドン詰まり」現象が発生し、制作スタッフにとって大きなボトルネックになっていたのも大きい。タイミングによっては100人同時……とは言わないまでも、多くのスタッフが同時にNASにアクセスする可能性があるため、同時接続時の処理能力、つまりはランダムアクセス性能の高さも大切な要素となる。
NAS選びでこだわったのは容量、速度、レイテンシーの少なさ
新たなNASを導入するにあたっては、より進んだシステムを取り入れているグループ企業サンジゲンからのアドバイスも参考に、可能な限り大容量かつ最低300MB/sの転送速度を達成可能な、リーズナブルなソリューションを条件として算出した。
ただし、100TBを超えるレベルのストレージとなると、一般的にはエンタープライズクラスの要件となり、それらの製品はコンシューマー向けに比べコストが1桁2桁上がってしまうことも珍しくない。その点、QNAPのNASはコンシューマーとエンタープライズの中間に位置するような中小企業向けの製品を数多く揃えており、要件を満たしつつコストも抑えられる製品を選べたのがポイントだという。
また、用途としてはシンプルなデータ転送のみの場合が多いため、NASのCPU負荷はさほど高くないこともわかっていた。オーバースペックなCPU性能をもつNASを選ぶ必要がないので、その分ストレージ容量にフォーカスしやすくなる。最低300MB/sの転送速度という条件も、社内ネットワークの10GbE化も組み合わせればクリアできると踏んだ。QNAPの最近のNAS製品では、10GbEポートを標準装備しているモデルも増えてきており、その点においてもアニメ制作とQNAPの相性は良かった。
複数ユーザーの同時接続時のランダムアクセス性能は、キャッシュにSamsungのSSDを搭載することで、HDDのみのときよりはるかにパフォーマンスを高めることができる。さらに馬場氏がこだわったのは「レイテンシーの少なさ」だ。「出力した動画をNASからストリーミング再生するとき、音と絵が合っているかどうかはかなり重要」であり、「遅延があると、制作した映像側に問題があるのか、ネットワークやNASの問題なのか見分けがつかない」からだ。
以上のように、大容量で300MB/s超の読み書き速度に対応する高速なLAN、高いランダムアクセス性能の3つを兼ね備えた製品として同社が選んだのが、QNAPのNAS「TS-1673U-RP」と「TVS-872XT」、そしてこれらにキャッシュとして搭載するSamsungのSSD「970 EVO」だった(※現在は後継モデルの「970 EVO Plus」が販売されている)。
NASアクセス時の引っかかりがSSDキャッシュで解消、10GbE環境ならより効果は大きい
QNAPのNAS+Samsung SSDの導入で、ライデンフィルムの制作現場はどのように変わったのだろうか。
馬場氏によると、以前あったような「ドン詰まり」のような現象は今までのところ一切発生しておらず、スタッフからもアクセスやデータ転送が「明らかに速くなった」という評価が得られているという。多くのスタッフは1GbEでアクセスしているので、SSDキャッシュを搭載した分のランダムアクセス性能の向上を実感できているようだ。
そもそも同社が扱うデータは、「過去の作品のアーカイブ」と「今手がけている作品」とで大きく2つに分かれる。前者は1カ月に数回アクセスする程度であり、HDDのようにコストパフォーマンスに優れた媒体が保存に適している。
一方、後者は当然ながら頻繁にアクセスすることになるため、キャッシュに入りやすく、SSDの本領を発揮できるシチュエーションだ。そういう意味でも、「HDD+SSDキャッシュの組み合わせは、我々の用途に非常にマッチしている」と馬場氏は語る。
現状、10GbEで接続されているのはNAS間と一部ユーザーのみだが、馬場氏が自身のPCを10GbE対応にして検証したところでは、PC側の内蔵ストレージ(SATA)性能のほぼ上限となる約500MB/sでのデータ転送に成功したという。これ以上の速度を達成しようとする場合、現状ではNASよりもPC内蔵SATA SSDの性能が足を引っ張る状態になるので、今のところは十分な性能とのことだ。
なお、上位機種のNASはメインメモリも比較的容量の大きなものを搭載している。この領域がキャッシュとして使われることもあるが、「搭載しているのはせいぜい8GB程度。動画データは長尺のシーンのものだと5GBはあるので、メインメモリだけではそれらを並列で処理できない」ことになる。多人数からのアクセスをうまく捌くには、SSDキャッシュは非常に有効な装備であり、不可欠と言えそうだ。
HDD+SSDキャッシュの環境は、クリエイターにもアニメ制作スタジオにもおすすめ
すでにスタッフのPC内蔵ストレージはほとんどがHDDからSSDに移行しており、今後10GbEの範囲を各PCまでカバーすることで、さらなる業務の効率化を図れるものと馬場氏は期待している。
ゆくゆくは、現在外部アニメーターらとのデータのやりとりに使用しているFTPサーバーはメンテナンスに手間がかかるため廃止し、クラウドサービスに置き換えるなどして適材適所でシステムを使い分けていく計画だ。
個人や会社がNASを導入する際には、ストレージをHDDにするかSSDにするか、あるいはキャッシュを搭載するかどうかで悩むかもしれない。馬場氏は、そのようにNAS導入を検討している人に向けて「クリエイターの方ならアクセスの速さと、使いやすさで決めればいい。個人でもSSDでは容量を大きくしにくいので、HDD+SSDキャッシュの組み合わせはおすすめ」とアドバイスする。
他のアニメ制作スタジオに対しても「PC内蔵のSSDとNASのアクセス速度をほぼ遜色ないようにすることは、業務においては絶対に価値がある。受け渡しの物理的な時間が短縮でき、業務効率化に結び付く」と断言した。
[制作協力:Samsung]