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10年でマザーボードのトップクラスに上り詰めたASRock、Z690マザーへのこだわりを聞く

日本市場でもシェアは大きく拡大、使いやすく高性能なモデルを追求 text by 石川ひさよし

弊誌での初インタビューから10年が経過。過去も振り返りつつ、ASRockマザーボード事業部ゼネラルマネージャーのChris Lee氏にインタビューを行った。

 Akiba PC Hotline!で筆者が初めてASRockのインタビューを行ったのが2010年のことで、ざっと10年(正確には11年)が経過した。今回は10年という一区切りがついたところで、現在のASRockがどのように成長を果たしたのかインタビューを行った。

 2010年当時のインタビューについてはバックナンバーをお読みいただきたいが、ざっと振り返ると2007年にASRockが独立を果たし、新たな一歩を踏み出したタイミングでのことだった。ASRockとはどのようなメーカーなのか、独立後どのようなメーカーを目指していくのか、当時の副社長のJames Lee氏、当時のマーケティングマネージャーのChris Lee氏は「Creative」、「Considerate」、「Cost Effective」という「3C」の理念、ユニークなアイデアが生まれる社風などを紹介した。また、そして日本市場へのハイエンドモデルの投入やミニPC(当時はHTPC)の投入などに触れていた。

 それでは、当時のインタビューから10年後となる現在のASRockについて、Chris Lee氏にお話をお聞きしていこう。

約10年前にインタビューを行った際に話をうかがった当時の副社長James Lee氏。
こちらは約10年前にインタビューを行った際のChris Lee氏。当時はマーケティングマネージャーを務めていた。
当時はミニPCへ注力していたタイミングでもあった。


10年で大きく拡大したASRock、スタッフ数は3倍以上に増加Taichiを足掛かりにハイエンド製品も開発、ビデオカードも大きな柱に

今回インタビューはオンラインで行った。
ASRockはマザーボードメーカーとしてスタートしたが、現在ではビデオカードや産業用PC、サーバーなど幅広い製品を製造するメーカーとなっている。

――10年を振り返ってみてASRockはどのように変化しましたか。

[Chris Lee氏]この10年間でASRockは大きく変化しました。当時、まだ独立して間もなかったASRockは1つの組織でしたが、今では2つの子会社が増えました。産業向けマザーボード/PCを取り扱うASRock Industrial、サーバやワークステーションを取り扱うASRock Rackです。これら2社を合わせ、現在ASRockグループは3社で構成されています。スタッフの人員も当時の200人から、今ではグループ全体で700人ほどに増えました。

また、ASRock自体の取扱商品も、当時はマザーボードのみでしたが、10年間でマザーボード以外にもミニPC、ビデオカード、そしてまだ詳しいお話はできませんが来年2022年、新らしいラインナップが追加される予定です。生産体制も当時は工場が一つあるだけでしたが、現在では中国に3つの工場、ベトナムに1つの工場、そして台湾にも1つの工場があり、さらに増やしていく予定です。

日本市場においても大きな変化がありました。2010年当時は日本国内にASRockの担当が一人もいませんでした。しかも本国の日本担当営業も日本語ができないといった状況でした。それから10年、現在では日本にオフィスを構え5人の従業員が常駐して働いています。

10年前の当時、日本国内におけるマーケットシェアは8%ほどでした。しかし、今年の前半にはBCNランキングでマザーボードの月間シェア1位を取るほどの規模となっており、この10年間でASRockは日本市場で大きく成長させていただきました。


ASRock製マザーボードの顔ともいえる「Taichi」。Z690搭載モデルはTaichiシリーズでは19番目の製品とのことだ。
「Taichi」シリーズのマザーボードには代々ローマ数字が入れられており、何番目のモデルかわかるようになっている。
現在ではビデオカードもASRockの主力製品の一つ。Radeon搭載モデルを数多く販売している。

――ASRockにとって転機になった商品はありますか。

[Chris Lee氏]転機となった商品はやっぱり「Taichi」ですね。ASRock設立当時はASUSとの関係もありまして、ミドルレンジまでのセグメントに集中していましたが、分社化されてからはハイエンドを目指すようになりました。

TaichiはASRockがハイエンドを目指す転機となった製品と言えます。Taichiを投入し、これによってユーザーのASRockに対するブランドイメージがガラッと変わりました。

なお、Taichiには初代のモデルからずっとマザーボード上にシリーズで何番目の製品なのかを示すローマ数字が付いています。先日リリースしましたZ690 Taichiは19番目です。そして次が20番目。奇遇にもASRockは来年20周年を迎えます。

――さまざまな製品を取り扱うようになりましたが、構成比率で変化はありましたか。

マザーボードだけでなく、サーバや産業向けなども展開するようになりましたが、全体で見るとまだマザーボードの占める割り合いが大きいです。ビデオカードも現在では大きな柱となっており、近年は仮想通貨に関連した需要が高まっていることもあって、規模は飛躍的に成長しています。


オーバークロック性能に特化したOC Formula。著名オーバークロッカーでもある同社のNick Shih氏が手掛ける特別なモデルで、Z690世代でも登場が待たれる。画像はZ590チップセット搭載モデル。

――オーバークロッカーで社員のNick Shih氏の現在や、OCモデルの見通しについて教えてください。

[Chris Lee氏]Nick氏はASRockの中でも重要なポジションにいます。OC専属というわけではなく、エンジニアチームの1つのチームのリーダーとなっています。社内では「パフォーマンスチーム」と呼んでいますが、OC FormulaだけでなくすべてのASRockのマザーボードが性能を最大限発揮できるようチューニングすることが使命です。

ただし、OC FormulaはASRockの中でも特別な製品です。通常の製品はプロダクトマネージャー中心となりチームの意見が反映されてデザインするものですが、OC FormulaだけはNick氏が個人の思想に基づき仕様を策定して設計されるモデルです。OCにはどのようなマザーボードがよいのか、どのような機能が必要なのか、Nick氏個人の理念や思想が色濃く反映された特別なモデルです。OC Formulaは今後も新しいモデルをリリースしていく予定ですよ。

――コロナ禍で影響はありましたか。

[Chris Lee氏]2020年1月から2021年上半期までは世界的に外出規制がとられていました。レジャーに制限がある中、仕事や学習用として、あるいはホビーとしてのPCによりデマンドが集中することになり、特需と言えるほどPC関連製品はかなりの数量が売れました。2021年夏頃からは各国の外出規制も徐々に緩和され、デマンドがPC以外にも分散していきました。2021年下半期を見ると、PC関連製品の需要は例年並みに落ち着いた状態にあると思います。

台湾はCOVID-19の影響は比較的小さく抑えられていました。1~2ヶ月ほど一部在宅勤務を行ないましたが、現在ではほぼ全員が会社に出勤する体制に戻っています。ただし、生産に関しては大きな影響がありました。特に目立ったのが生産工場のあるベトナムです。ベトナム工場ではアジアのリテール向け製品を生産していましたが、2021年7月からロックダウンが行われ、10月下旬に解除されたものの、工場の生産体制が100%に戻るのは12月以降になる予定です。

日本でのASRockファンが大きく増えるきっかけを作った原口氏。TwitterはもちろんYoutubeでも活躍している。

――コロナ禍でのユーザーとのつながりになどには変化があったのでしょうか。

[Chris Lee氏]日本ではオフラインのユーザーイベントに力を入れ、盛んに行っていたのですが、コロナ禍の影響で実施できなくなりました。外出規制が施行されている状況下で何ができるのか……我々はソーシャルメディアに注力する方向に舵を切り、現在も積極的に活用しています。オンライン上でイベントを行ない、オンライン上でキャンペーン・広告を展開するといった内容です。

日本のSNSでは原口氏を中心に活動していましたが、さらに活動を強化し、隔週でYouTube番組も配信しています。また、オフラインイベントの代わりにユーザーと直接対話する機会を持つにはどうしたらよいかと考え、8月にファンクラブも設立しました。こうした取り組みを行うことで、これまで接点を持ちにくかった遠方の方とも交流できるようになったのはオンラインならではのメリットと言えるかもしれません。

Intel Z690マザーボードは全方位ラインナップ、DDR4対応モデルから拡充DDR5対応モデルはハイエンドから徐々に展開

ASRockのZ690搭載マザーボードラインナップは、ゲーミング、高耐久、スタンダード、コスト優先、ハイエンドと、全方位で用意されている。

――ASRockのIntel Z690マザーボードラインナップをご紹介ください。

[Chris Lee氏]一言でいうなら「Made for everyone」。現在、PCのニーズは多様化しています。ASRockのIntel Z690マザーボードラインナップはさまざまなニーズに向けたモデルを展開していますので、幅広いお客様が自分のニーズに最適な1枚を選べると自負しています。

ゲーミング向けなら「Phantom Gaming(PG)」シリーズ、「Velocita」と「Riptide」を展開しています。耐久性を求めるなら「Steel Legend」シリーズ。スタンダードな仕様でコストを求める方には「Pro」シリーズ。予算関係なくハイエンドを、オールラウンダーを求める方には「Taichi」をご用意しています。

――第12世代CoreではDDR5メモリがサポートされましたが従来同様DDR4メモリもサポートされています。このモデルはDDR5にしよう、DDR4にしようといった採用基準はありましたか。

[Chris Lee氏]11月中についてはDDR5メモリの供給量はかなり少ないと把握していました。一気にDDR5メモリ搭載モデルを展開しても、マザーボードを購入されたユーザーがDDR5メモリを同時購入できないという状況も予想されました。そこで、DDR5に対応したZ690搭載マザーボードのローンチタイミングを2回に分けることにしました。

まず11月のローンチタイミングでのDDR5対応モデルは、いち早く最新モデルを取り入れるエンスージアストやアーリーアダプター向けにハイエンドモデルを展開しました。ゲーミングであればVelocita以上のモデルやTaichi、Mini-ITXのZ690 Phantom Gaming-ITX/TB4が対応しています。


DDR5対応モデルはZ690 Taichiのほか、Z690 PG VelocitaやZ690 Phantom Gaming-ITXTB4など、今年はモデル数を絞って市場に投入される予定。

ミドルレンジ以下のメインストリーム向けでは、十分に供給があるDDR4メモリに対応したモデルを展開しています。Extreme、Steel Legend、Pro RSです。来年になれば徐々にDDR5メモリの供給量が増えてくると予想されるので、頃合いを見てこれらのラインにもDDR5メモリ対応モデルを展開していく予定です。


ボリュームゾーンとなるメインストリーム向けのDDR4対応モデルでは、Z690 Steel Legend、Z690 PG Riptide、Z690M-ITX/axなどが現在販売されている。

一つ上の安心を提供するASRockのDDR5対応マザーボード使用時の安全性と扱いやすさを向上させる機能を搭載

Intel第12世代Core対応マザーボードは電源周りが大きく強化されている。Z690 Taichiであれば20フェーズ電源を搭載している。
2オンス銅箔はマザーボード基板層の熱対策はもちろん、信号の安定化などにも寄与する。

――第12世代Coreでは電源要求も高まるようですがいかに対応されましたか。

電源仕様は大きくパワーアップしました。フェーズ数はもちろん、部品のグレードも引き上げています。たとえば、Z690 Taichiでは、20フェーズ電源に、SPS (Smart Power Stage)、8層PCB、優れたレイアウトを採用。動作温度の上昇を抑制し、優れたパフォーマンスを発揮します。

――高まる電力要求に対してフェーズ数が増えていくのですね。

皆さんはフェーズ数こそ最重要とお思いかもしれませんが、決してそういうわけではありません。PCBの部材、2オンス銅箔層の有無、PCB層数、見えないところのデザインによっても大きく左右されます。ASRockのマザーボードでは第12世代Coreの電源特性に合わせてフェーズ数だけでなくこうした部分も最適なものを選んでいます。

――見えない部分のデザインとはどのようなものでしょうか。

これは独自の設計ノウハウですので、あまりお話できないところです。どのメーカーでもこうした部分が差に繋がるので、あまり公にされることは無いと思います。ASRockでも回路設計部門は外部との行き来が容易には行なえないところにあります。

明かせる部分もあるので、今回は一つだけ例を挙げてみましょう。みなさん今までCPU周りの熱対策はMOSFET(の変換効率)がもっとも重要だとお考えだったかもしれません。しかし、実際には熱対策はそれだけでなくPCBも重要です。PCBの熱対策と言えば2オンス銅箔層を挟むことが重要であることはご存知かもしれません。何も考えないのであれば、2オンス銅箔層をPCB全面に配置するのが理想のように思えます。ですが、マザーボード上にはさまざまな部品が搭載されており、一層全体に銅箔層を用いるということは不可能です。どう効率よく配置するか、なるべく銅箔の面積を大きくするにはどうするのかといった、性能を引き出す効果がある部分の技術ノウハウが重要になるのです。


Z690 Taichiのメモリスロット。金属で補強され、データ信号の高速化に伴いSMT(表面実装)で搭載されている。
DDDR5メモリはメモリ側に電源回路が搭載されているため、PCの電源を切っても完全に電源断するまで通電状態となっている。このため、DDR4メモリまでであればPCシャットダウン時にメモリの抜き挿しは問題なかったが、DDR5メモリは完全にPCが電源断となっていないと故障するという。このため、ASRockではマザーボード側でPCシャットダウン時はメモリへの電源を断つ機能を取り入れ、故障が起きにくいよう対策しているという。

――回路設計としてはノイズ対策も重要だと思われますがいかがですか。

[Chris Lee氏]この世代のデザインは前世代から大きく変わりました。最大の違いがDDR5メモリです。DDR5メモリではパワーマネージメントIC(PMIC)がメモリモジュールの基板上に移りました。

これによってどう変わったのか。DDR4まではメモリの換装作業を行なう際、PCをシャットダウンした状態であれば大丈夫でした。DDR5メモリでは、PCの電源を落とすだけでなく、ATX24ピンケーブルを抜く、あるいは電源ユニットの電源スイッチもオフにした状態で行なうことが推奨されます。電源やそのほかのパーツ上にコンデンサが搭載されており、シャットダウンして以降もわずかながら電気が流れているためです。ここをご存じない方が多いのではないでしょうか。

電源を完全に断ってから作業すれば良いのですが、毎回毎回シャットダウン後にケーブルを外し、放電を確認した後にとやっていては手間がかかります。ASRockでは多くの方が安心してご利用いただけるように、ATX24ピンを抜かない状態でメモリモジュールの抜き挿しを行なっても問題のない「トラブルフリー保護回路」設計を採用しています。

つまりASRockのDDR5メモリ対応モデルでは、DDR4メモリまでと同じ感覚でメモリモジュールの抜き挿ししても問題なくご利用いただけます。


DDR5やPCI Express 5.0は信号が高速なため、スロットの実装は従来の方式からSMT(表面実装)に変更されている。高速転送が可能になるが、そのままではPCB基板との密着度が少し弱い面があるので、この部分も補強をしているという。
基板の背面側には、パーツ搭載時の圧力や重量のあるパーツの影響から基板にゆがみが発生しないよう、金属プレートによる補強が施されている。

さて、DDR5やPCI Express 5.0世代のスロット実装方法としてSMT(表面実装)に変わったこともポイントに挙げられます。ですが、DDR5やPCI Express 5.0の世代ではSMTが必須なのです。他社製品を見渡しても、DDR5やPCI Express 5.0に対応しているモデルはすべてSMTを採用しているはずです。そもそもSMT以外では作れないのです。

IMT(挿入実装)からSMTに変えることでDDR5やPCI Express 5.0の高速な信号を安定して伝送することが可能になりますが、一方でPCBへの密着度が少し不足します。メモリやカードの挿入時の負荷、あるいはその後の運用でかかる荷重に対して、強化を行なう必要が出てきました。ASRockでは強化したDIMMスロットやPCI Express x16スロットへの補強を行なっているほか、金属バックプレートで基板のたわみを防ぐなど、大型化する現在のパーツにおいてPCBの湾曲を抑え密着度を維持できるよう対策を施しています。

メモリモジュールの抜き差しは水平に行なうのが基本ですが、メモリスロットに挿した際に微妙に片寄ってしまうことも少なくありません。信号が高速化されたDDR5メモリでは、ほんの少しの偏りやマザーボード基板の微妙な湾曲も性能に影響し、動作もよりシビアになります。こうした問題を防ぐ面からもこうした部分の強化は重要だと言えます。

――DDR5&DDR4両対応マザーボードやLGA1700&115x共用クーラーなどは検討されましたか。

[Chris Lee氏]DDR5&DDR4コンボマザーボードは、最初は検討しました。しかし結果としてコンボによって性能に制限が生じることになりまして見送りになりました。共用クーラーも同様です。最初は検討したのですが、穴を増やすということは基板の強度を落とし、配線の面でも不利になる部分がでてきます。この世代ではPCBの強度がとても重要ですから、そこに不安を残す要素となる共用クーラーも見送らせていただきました。


セットアップも「Auto Driver Installer」でスムーズに

――そのほかに新モデルで注目すべき点はありますか。

[Chris Lee氏]ハードウェア中心に紹介してきましたが、独自のソフトウェアも進化しています。今回、1クリックですべてのドライバをダウンロード&インストールする「Auto Driver Installer」を搭載しました。BIOSでこの機能を有効化すると、OSインストール後にアラートが表示され、ソフトウェアの導入が自動ではじまります。あとは指示にしたがって進めるとドライバのダウンロード&インストールができる仕組みになっており、ユーザーがサポートサイトで対応ドライバなどを探す手間を省けるようにしました。

このほか、第12世代Coreで取り入れられたPコア + Eコアの構成に関し、一部のゲームで生じている問題を回避するためのユーティリティもご用意する予定です。PコアとEコアの切り替えなどの際にソフト側が対応できずに発生する問題で、ソフトのアップデートなどで解決しつつありますが、まだ動かないゲームもあります。ユーザーがマウス一つで手軽にEコアのオン/オフが行え、問題を回避を容易にできる環境を提供できればと考えています。

来年は秘密の製品を投入?マザーボードはもちろん製品ラインナップは今後も拡大

――最後に、日本のユーザーに向けてメッセージをいただけますか。

[Chris Lee氏]まずは皆様ありがとうございます。この10年間、ASRockは小さな会社からある程度の規模の会社になりました。日本のユーザーの皆さまのおかげです。一緒に歩んできたことに感謝します。

マザーボードのみから始まり、ミニPCやビデオカードと製品ラインナップも拡大し、来年には秘密の新製品も投入します。引き続きASRockをよろしくお願いします。

[制作協力:ASRock]