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「長持ちするHDD選び」から「徐々に進行するHDDの病」まで、データ復旧のプロにHDDの神髄を聞いてきた

高信頼HDDとしてプロが「WD Red」を業務に採用する理由も text by 石井英男

熊本にある「くまなんピーシーネット」の本社
受付には損傷したHDDなども展示されていた

 くまなんピーシーネットは、熊本を本社とするデータ復旧サービス事業者であり、その高い技術力には定評がある。警察で使用されている機器製造を行っていたり、HDDメーカー公認の復旧会社でもあったりと、データ復旧に関しては国内屈指の会社だ。

 一昨年や昨年、秋葉原で開催された「NAS EXPO」でも、くまなんピーシーネットは、ブースの出展および講演を行ない大好評だったことも記憶に新しい。

 そのくまなんピーシーネット代表取締役の浦口 康也氏と短い時間話す機会があったのだが、HDDマニアでもあるそうだ。現行のHDDでは特にウエスタンデジタルのWD Redがお気に入りらしく、浦口氏が“壊れにくいHDD”と判断するポイントをすべて満たしており、実際に業務に使用するHDDもWD Redにすべて入れ替えたとのこと。データ復旧のプロが評価し、そこまで押す理由はどのようなところなのだろうか。

 ならばということで、今回、ウエスタンデジタルのスタッフとともに熊本にあるくまなんピーシーネットの本社にお伺いし、WD Redを優れたHDDと評価した理由、壊れないHDDを選ぶ際のポイントやデータ復旧の実務、熊本の震災の影響やデータを失わないためのHDDの運用法など、幅広く話を伺ってきた。これからHDDを購入する予定のあるユーザーは、HDD選びの参考にしてもらえれば幸いだ。


日本屈指のデータ復旧会社、常に新しい復旧技術を追い続ける技術者集団

くまなんピーシーネット 代表取締役の浦口康也氏
警察で使用されている「Simple SEIZURE TOOL for Forensic」なども手がけている

――まずは、くまなんピーシーネットの会社概要について教えてください。

[浦口氏]弊社は熊本を拠点とした、データの復旧を専門とする会社です。弊社の「WinDiskRescue」には、データトラブルに打ち勝つという意味を込めておりまして、お客様のデータの復旧から心のケアまで含めた形で行う国産技術ブランドとして展開しています。

くまなんという、熊本の南という意味の名前を会社名にし、親しみを込めてお客様と接することを心がけています。私自身が技術者であることから、貪欲に新しいデータ復旧技術を追い続けていく、技術色の強い会社です。

また、警察などにデータ復旧技術を提供するデータ復旧ツール開発事業も行なっております。これが、PC-3000 JAPANシリーズというデータリカバリープロフェッショナルツールです。PC-3000は元々はロシアで生まれたツールですが、日本のユーザーが利用しやすいように私たちがカスタマイズし、サポートも引き受けています。それから、高度な解析技術を求められるデジタル・フォレンジック(犯罪の立証のための電子機器の記録解析技術)分野に関しても、「WDR Forensic」という名称でトータルに行っています。

 これらのほか、ウエスタンデジタルの日本エリア公認データリカバリーパートナーも務めています。


記録密度の向上によってHDDの復旧はより困難に小さなキズが大きなデータロスに繋がる現在のHDD

コンシューマー向けでは最大となる10TB HDD
左は24年前の170MBの2.5インチHDD「WDAL2170」(1993年製)、右は2TBの2.5インチHDD「WD20NMVW」(2017年製)。サイズこそ変わらなかったものの、20年でプラッタ密度は大きく進化したことがわかる

――御社はデータ復旧のスペシャリストとして豊富な経験をお持ちですが、昔のHDDと最近のHDDでは、復旧の困難さは違ってきているんでしょうか。

[浦口氏]HDDの記録密度が向上した分、復旧は難しくなってきていると言えますね。昔は3.5インチの端から端まで使って10GBだった時代がありましたが、今は端から端まで使えば10TBですよね。密度が1,000倍になっているわけです。

お客様は、昔のHDDはもっと頑丈だったとおっしゃるんですよね、「こんなに早くは壊れなかった。昔は多少不良セクタがあってもデータが移動できた」と。昔はデータが書き込まれる幅自体が太かったこともあり、ダメージを受けても損傷するデータは最小限で済みましたが、今はヘッドの幅の数100分の1くらいの幅でプラッタにデータを記録しています。

現在のHDDは、ヘッドがガツンとプラッタに当たったりすると、キズは小さくても大きなデータをロストしてしまうわけです。古い時代のHDDであれば、OS側の制御などで対応できた部分などもありましたが、記録密度が向上したことで、小さな障害が致命傷になる場合もあるのが現在のHDDの特徴です。

――HDDの故障で持ち込まれることが多いのはどういった症状なのでしょうか?

[浦口氏]これはデータ復旧会社によって変わってくる部分だったりします。例えば、論理的な障害をメインに扱う会社の場合、ユーザーが間違って消してしまったとか、PCで間違ってフォーマットしてしまったなどの障害が圧倒的に多いと思われますが、弊社では、物理的な破損なども含めた復旧に高度な技術を要する案件が多いので、対応している数としては物理障害が多いと言えますね。

物理的な破損の中では、パーツの消耗によって起こる障害と、落下などによる障害の2パターンが主な症状になります。衝撃を与えていないのに、HDDを認識しなくなるとかデータの読み出しに時間がかかるようになるのは消耗による障害です。なんらかの機構部分が劣化し、その影響によって駆動系にも弊害が発生しだし、データの読み出しに時間がかかったり、HDDを認識しなくなったりというのが初期症状で、最終的には異音を発するようになり、全くHDDを認識しなくなったりします。


HDDの中で最も壊れやすいのはプラッタヘッドやモーターは実は壊れにくい?

ダメージを受けてしまったプラッタ
プラッタによる障害より件数は少ないものの、ヘッドに障害が発生することもある。写真はプラッタと接触してしまったヘッド(画像提供 くまなんピーシーネット)。

――今のお話の中で、消耗という言葉が出てきましたが、HDDの中で特に消耗しやすいパーツはなんでしょうか?

[浦口氏]一番負荷がかかっているのはプラッタの表面だと思います。磁界を印加されるときに熱を帯び、磁性体をまとめているものが不安定な状態になるということが繰り返されます。HDDは自己診断で記録が弱くなったところを、少し強く書き直すというようなことをユーザーに気づかれないようにやっていますが、ここが書きにくくなった、そしてもうここには書けないというように、段階的な消耗プロセスがあります。

――消耗にはやはり熱の影響も大きいのでしょうか。

[浦口氏]この世で一番消耗を促進するのが熱です。プラッタでナノメートル単位で記録してるものが、高熱により影響を受けやすくなります。ヘッドやトラックの位置を最初に決めるサーボ情報も熱によって劣化して読みにくくなっていき、読み取りを何度も繰り返したりするような挙動が出てきます。

――HDDで壊れやすいところというと、ヘッドとかモーターかと思っていたのですが、そうではないんですね。

[浦口氏]皆さん同様に思われるようで、ヘッドクラッシュという言葉もありますが、ヘッドは、ユーザーとプラッタの間で情報を受け渡す仲介役にしかすぎないんですね。命令を送ったにも関わらず、届け先や受け取り先がないという状態になると、ヘッドは真面目に命令に従って動こうとして、可動範囲を超えてストッパーにあたり、特有のカコンという音がする。こうした状態をヘッドの暴走と呼んでいますが、暴走を繰り返すことで、メカに負荷がかかります。今はヘッドが4本とか8本とか入っていますが、一度に壊れることはなく、4本のうちの1本、8本であれば1~2本がおかしくなることがありますが、プラッタ側の異常が原因となっていることが多いですね。

また、ヘッド自体動作する量が減っているのも影響しているはずです。例えば10GB HDDの時代は、10GBのデータを読み書きするには外周から内周まで一所懸命にヘッドが動き回っていたわけですが、今の10TB HDDであれば10GB程度のデータであればそれほどヘッドは動く必要がありません。昔のHDDと比べるとヘッドにかかる運動負荷は現在のHDDの方が低いはずです。


壊れにくいHDDは存在する?データ復旧に持ち込みが少ないWD Redシリーズヘリウム入りHDDは寿命の面で有利

旧HDDは左側のようにヘッドが内側に待避するモデルが多かったが、現在は右のようにプラッタ外周部の外に待避するモデルが多いとのことだ。(画像提供 くまなんピーシーネット)

――現在のHDDと昔のHDDでどちらの方が構造上壊れにくいといった違いはあるのでしょうか?

[浦口氏]今のHDDは、衝撃を受けたときやアイドル時に、ヘッドがランプと呼ばれるプラッタの外側の安全な位置に退避する機能があります。以前はプラッタの中心部のCSSゾーンと呼ばれる位置に退避していましたが、耐衝撃という面では現在のHDDの方が安全性は高いといえます。

また、古いHDDのなかにはアイドル時から復帰した際のレスポンスを向上させるため、アイドル時はプラッタの中心部にヘッドを待機させておくモデルもありました。このあたりはファームウェアなどの設定次第ではあるのですが、現在のHDDはアイドル時にヘッドをランプに待避させておくモデルが多いので、そうした面でも衝撃にも強い設計といえるのではないでしょうか。

例えば、ウエスタンデジタルのWD Redを例に挙げると、ヘッドはランプ側に待避する設計になっていますし、アイドル時などもヘッドがプラッタから離れて待機するようになっています。ヘッドの挙動に関してはスペックシートなどにもあまり記載が無く、実際に見てみないとわからない部分が多かったりするのですが、少なくともWD Redは昔のHDDよりも壊れにくい要素が整っていると言えますね。実際に復旧依頼に持ち込まれることも少ないモデルです。

WD Redのヘリウム封入モデル「WD80EFZX」、ヘリウム封入のHDDは今のところ復旧に持ち込まれたことが無いそうだ。

――ヘリウム封入のHDDは発熱が少ないことも特徴となっていますが、プラッタの消耗を抑えるという点では優れているのでしょうか

[浦口氏]従来のHDDには空気が入っています。空気には分子の大きい窒素などが含まれ、抵抗が大きい分、発熱が大きくなります。ヘリウムは分子が非常に小さいので、分子同士がぶつかることが減り、表面の摩擦係数も減るので、熱の発生を抑えることができます。メーカー発表では、動作中の温度も5℃近く低くなり、摩擦係数も約半分に減っているといわれていますので、プラッタの消耗を抑えるという面では大きな恩恵があると思いますね。

これまでかなりの数のHDDが弊社に持ち込まれていますが、ヘリウム封入のHDDは持ち込まれたことが今のところ無いので、信頼性が高いモデルと言えるかもしれませんね。