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「死後もこのデータは誰にも見られたくない!」 “恥しいデジタル遺品を隠しきる作戦会議”開催

 2月18日、死後に残るデジタルデータの生前対処法を紹介するイベント「恥しいデジタル遺品を隠しきる作戦会議」が、オリオスペックで開催された。

 死亡した人物が生前に残したデータ、いわゆる「デジタル遺品」をめぐる諸問題を例示するとともに、生きているうちにできる対処法を紹介する趣旨のトークイベント。講師は一般社団法人デジタル遺品研究会ルクシーの理事を務め、ライターとしても活躍する古田雄介氏。

「知りたい遺族」と「隠したいデータ」

一般社団法人デジタル遺品研究会ルクシーの古田雄介理事

 わたしたちは個人的なファイルや商品の購入履歴、交友記録の中に、普段と違う自分の側面を持っている。デバイス上に残る情報は日頃、自分のコントロール下にあるので、プライバシーの面でも、経済的な面でもリスクを最小限に抑えることができる。また普通は周囲も深く詮索をしない。

 しかし、自分がそれらの情報をコントロールできなくなったとき、すなわち、「死」かそれに近い状態であるときに、デジタル遺品が発生する。

 デジタル遺品の定義はまだ定まっていないが、一般的には死者が遺したPCやスマートフォンそのもの、あるいは記録メディア、ローカルストレージ、クラウド上のファイルやソフトウェア上のデータ、ネット銀行の口座情報、SNSやブログの記録、アカウントそのものとアカウントに紐づく各種データ全般のことを指す。

デジタル遺品の一例

 遺品とは、故人が所有していた現金や有価証券といった資産価値のあるもの"以外"の物品のこと。親しい友人や遺族からすれば、故人との思い出や人間関係、そしてお金に絡む情報を把握し、整理したいと考えるのは、自然な流れだろう。

 しかし、物質として存在する遺品であればいかようにも処分のしようはあるが、デジタル遺品の場合はメールやコミュニケーションの記録、あるいは暗号化されたファイルなど、PCやスマートフォンを通してしか確認できないうえに、アカウントへのログインを要するなど本人しかアクセスできない場所に保管されている場合もあり、処分する側としては厄介な存在だ。

 古田氏によれば、お金関係のデジタル遺品はトラブルになりやすいという。

「例えば故人のネット銀行口座に数百万円の預金が残ったとして、誰もそれに気づかず相続の手続きが完了してしまったとき、後からその口座が見つかったら、すべての手続きを最初からやり直さなければならないといったケースが考えられます。FXなど金融商品の場合はさらに深刻で、亡くなったタイミングによっては損切りができず、知らない間に遺族が負債を抱えることにもなりかねません」

 亡くなった直後に遺族が採る動きとしては、亡くなったことを周知する際に、携帯端末の通話履歴やブログのアカウントなどから交友関係を把握することがある。また故人との思い出を整理するにしても、近年は撮影したすべての写真を紙焼きにすることもまれになっており、特に動画はファイルの形でしか残っていないことも多いので、日頃使っているデジタルデバイスからデータを探すことになりやすい。

 ただ、隠されたデータというのは、所有している本人にとっては隠すなりの事情があるデータであって、プライバシーの範疇にあるものだ。いわば暴かれたくない"秘密"といえる。自分が亡くなったことがきっかけとなって、周囲の人々が意図せずそうしたデータを見つけてしまうことは、できるだけ避けたい流れではないだろうか。

 今回のイベントでは、自分の死後に遺るデジタルデータやアカウントの処遇に関して生前にできる対処方法について「周囲の人たちに迷惑がかからない」ようにしつつ「隠すものは隠す」観点から紹介した。

デジタル遺品の分類
デジタル遺品をめぐる故人と遺族の関係を「守りと攻め」に例えた

見られたくないデータをいかに隠すか

 古田氏がトークの中で挙げた"作戦"のパターンは「鉄壁隠蔽作戦」、「開放特区作戦」、「ハイブリッド作戦」の3つ。

すべてのデジタル情報を完全に隠蔽する「鉄壁隠蔽作戦」

 鉄壁隠蔽作戦は、すべてのデータを徹底的に隠すコンセプト。パスワードの類はすべて推測不可能なワードに設定するほか、PCのファイルはすべて暗号化する。また、普段は親しい人物にもデジタル周りのことは話さないことで、使っているデバイスやサービスを把握させない方法だ。

 古田氏はこうした場合に考えられる遺族の動きの一つとして、「専門家に来てもらい突破する」パターンを挙げている。

「Apple IDの例でいえば、多くの人はIDに普段使っているメールアドレスを設定しているんですね。なので故人の周囲の人からいくつかのメールアドレスを集めて、いわゆる『パスワードを忘れた場合』のようなリマインド機能を使えば、パスワード自体はある程度どうとでもなってしまいます。デジタルに詳しくなくても、そのくらいは簡単にできますよね。周囲にデジタルに強い人がいればなおさらです。人の死というのは、そういったあまりありがたくない"がんばり"を喚起させてしまうものでもあるのです」

 また、人は自分がいつ死ぬかわからない以上、普段の生活の中で無意識に秘密に繋がる情報の一部が漏れることを避けるのは難しいとしており、「一切出さない」形で守りを強化することで、攻め手も強化してしまうリスクがあると話した。

あなたの周囲のデジタル達人は、スキルはあってもデリカシーがない人かもしれない
悪気はなくても、サムネイルやアクセス履歴などからうっかり見えてはいけない情報が見えてしまうこともある
完璧な隠蔽は不可能と考えた方がよい
重要なものをあらかじめ渡しておいて、ほかの領域から目を逸らす「開放特区作戦」

 開放特区作戦は、不慮の死に際して家族が必要としそうなデジタル遺品になりうるものをあらかじめまとめておき、ほかのデバイスを"重要でない"ポジションに置くことで、隠しておきたいものから目を逸らす施策。

 例えば必要な情報をすべて入力してあるクラウドにアクセスできるスマートフォンを用意しておき、普段から「自分にもしものことがあったらこれを見て」などと言っておくことで、ほかのデータにアクセスする可能性を下げる効果が期待できる。

 この作戦が孕んでいるリスクは、渡した情報に疑問や不足が生じたとき、渡したもの以外に意識が向く可能性があることだ。

「遺族は自分と同一人物ではなく、自分と同じスキルを持っているわけもないので、意図した通りに動いてはくれません。例えば遺族がPCはわかるけれどもスマホはさっぱり、という人だったならば、スマホより先にPCを探るかもしれないし、思い出の写真をアップしたオンラインアルバムのアカウントを渡しても、別の思い出を探しに来るかもしれません。そこは人によってわりと気分次第な部分があるので、それをすべて制御するのは難しい」

 また、「渡したもの以外は重要ではない」という意識を周知することで、渡したもの以外のデバイスに適切な処理が施されないままデバイスが中古市場に流通することもあり、秘密の情報が意図せず第三者の目に触れるリスクもあるとした。

"重要でない"遺品を形見として親戚の子に譲渡した場合に予想される悲劇
死後に周囲の人の行動を制御することはできない。最悪の場合、まったく関係のない場所で情報が漏洩する可能性がある

伝えるべき情報は一カ所にまとめ、隠蔽するなら徹底的に

 ハイブリッド作戦は、前2つのいいとこ取りをする作戦。遺族が死後に必要とする情報をひとつにまとめながらも、ほかの領域についてはアクセスできる領域を決めておき、隠蔽したい部分は暗号化などで鉄壁のセキュリティを施す。

遺族が知るべき情報はまとめておきつつも、知られたくないデータはしっかりと隠蔽し、かつ一部にはアクセスできる余地を残しておく
死後に自分の手を離れたデータは制御できないので、生前の準備が重要になる

「これが一番現実的な方法だと思います。繰り返しになりますが、人間はいつ死ぬかわからないので、完璧を期すことは無理だと思っておいた方がいいです。生きているうちから常に完璧なセキュリティを目指そうとすると、普段の生活にも支障が出かねません」

 しかし生前にできる準備にはどうしても限界がある、と古田氏は話す。遺族が把握すべき情報でも、親しい人たちがデジタル機器を取扱うスキルによっては、最終的に気付かれない可能性が常にあるという。

 古田氏が参加しているルクシーでは、自分の死後に伝えるべき情報の漏れを少しでも減らすための対策として、デジタル遺品処理にかかわる情報を記入できるデジタル資産メモを用意している。これは"隠さない方の"デジタル機器のパスコードやSNSなどのアカウント情報、ネット銀行の口座や暗証番号などを記入し、折り畳んで預金通帳などに挟んでおくことで、遺品整理中の遺族にデジタル遺品の存在に気付いてもらうことを補助するためのメモ。

デジタル資産メモ

 有料サービスやクレジットカードなどは通常、名義人の死によって引き落とし先の口座が凍結されることで、サービスの停止手続きを行わなくても半自動的に支払いが停止するが、利用料が支払われ続ける可能性もなくはないそうなので、こうしたサービスの情報を記載しておけば、口座残高の浪費を早めに停止できるメリットがある。本イベントでも、プリントアウトしたデジタル資産メモが参加者に配布された。

「現在のところ、アカウントの持ち主の死を察知して、自動で支払いなどの処理を停止するサービスはありません。自分の訃報を受けて、最も早く動いてくれるのは遺族です。お金絡みの件はもちろんですが、SNSやブログなどのアカウントも伝えておけば、ネット上でだけ付き合いのある友人にも、遺族によって訃報が伝えられる。急に更新が停まって心配していた友人たちも、残念ではあるが、気持ちの整理がつけられるという機会になります」

デジタル資産メモに記載する内容
預金通帳はほぼ必ずチェックするので、必要な情報が遺族に伝わる可能性が高い

「見られたくないデータにもレベルがあります。墓場まで持っていくレベルのものから、見られてしまっても別にいいというものまで。そこを自分の中で明確に線引きしておくことが重要です。絶対に見せたくないファイルは、暗号化した"鉄壁"の方のストレージに入れておくのは当然としても、開いたときに一時ファイルができないような措置を講じること。アクセスの痕跡もすぐに削除するという習慣をつけておく。そのくらい徹底した方がいいと思います。それがアカウントの場合であれば、ほかのどこにも紐付かない、アカウント専用のメールアドレスを用意する必要があるでしょう。普段使っているアドレスとは完全に分離することを心がけましょう」

 一方で、お金絡みの情報を隠し通すのはほぼ無理であるとの見解も示した。

見られてもいい領域と、絶対に見られたくない領域の線引きをつけ、ファイルやアカウントの扱いは普段からその線引きを踏み越えないことが重要。扱うデジタル機器やアカウントが多ければ多いほど、"穴"ができやすくなる

「なぜならデジタルで利用する場合の規約、法律の適用範囲がまだ完全に固まっていないからです。関連する判例も存在しないことが多いので、各サービスの裁量で決められている部分が大きく、第三者が踏み込もうと思えば踏み込めてしまうのが現状です。お金に関しては、例えば銀行であればリアル店舗と同じように扱われる事が多いので、支払い関係の情報は隠そうと思ってもそううまくはいきません。あきらめてください」

「デジタル遺品の特徴の一つに、「長期戦に弱い」というものがあります。今は守備側が強くても、この先5年、10年後にいま構築した"鉄壁"が綻びもなく維持できるかと言われれば、その保証はありません。例えば10年くらい前まではまだガラケーが主流で、その頃鉄壁の守りだと言われていたパスワードも、今では簡単に突破できてしまいます。デジタル遺品はいずれ暴かれる運命にあるのです」

安易にクラウドを利用するのは危険

 イベントの後半では、テクニカルライターの高橋敏也氏が登壇し、デジタル遺品にまつわるエピソードを披露した。

高橋敏也氏。やんごとなきファイルの内容が家族にばれるとえらいことになると語るテクニカルライター

「以前、友人が急死した際に、遺品の整理をしに故人の実家へ行ったのですが、物の多い部屋だったので、後でわからなくなったら困るということで、部屋の写真を撮っておいたんです。その日はある程度片付けて帰ったのですが、後日再訪したときに、1台NASがなくなっているんですね。調べてみると、別の知り合いが持っていったようなので、その知り合いに返還するよう言ったら『それはこちらで処分した』と言うんです。そりゃおかしいだろと突っ込んだら、どうやら私の友人と、その知り合いを含む何人かが、そのNASを"やんごとなきデータ"の共有サーバにしてたらしいんですよね。事情は理解したので、その後遺族の方に『わけありらしい』と伝えて、最終的にそういうことなら、という話に落ち着きましたが」

 「見られたら困るファイル」の隠蔽に関する諸問題についてはこのほか、安易にクラウドストレージを使うことはリスキーであるとの見解も示している。一部のサービスは内容を検閲・解析をしているので、アップしたファイルの内容によっては、アカウントを凍結されるばかりでなく、所有者に対して何らかの法的な処置がなされる可能性も否定できない。

「わかりやすいフォルダ名も良くないですよね。例えば仕事のファイルに見せかけるために、フォルダを『議事録』なんて名前にして、子フォルダに日付なんかを入れていますが、中身は大変なことになっています。女性の方は、帰ってから旦那のPCをぜひチェックしてみてください」

最後に古田氏は、デジタル遺品を取り巻く状況の見通しについての予想を述べた。

「デジタル遺品の問題についてずっと感じているのは、みなさん考えることは必要だとは言いつつも、優先順位は常にそれほど高くないことでした。優先順位が低いなりのコストをかけて、色々知識をつければ簡単に解決する問題もたくさんありますし、その結果みんなで幸せになれればいいなと思います」

「デジタル遺品はデジタル機器を使う世代が高齢化してきたことも一因となって表に出てきた新しい問題です。今は世界的に見てもルールが固まっていませんが、オリンピック前後の今後5年くらいの間に、業界としての道筋というか、ガイドラインが固まってくると見ています。それは大きなトラブルを経て半ば仕方なく決まるのか、それともみんながデジタル遺品の問題に直面して、意識を向けるようになった結果形成されるのか。できれば前者であってほしいものです」