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日本ソフトバンク『Oh!HiTBiT』~想い出の“20世紀パソコン雑誌”たち~

表紙に実機写真が使用されたのは創刊号のみで、以降はイラストが描かれるようになりました。創刊号のみ「SONY PERSONAL COMPUTER MAGAZINE」そして「Oh!HitBit」と書かれていましたが、その後は「PERSONAL COMPUTER MAGAZINE」「Oh!HiTBiT」になっています。

 現在ではあまり見かけなくなってしまったものの、20世紀には数多くのマイコン・パソコン雑誌が発売されていました。中には、その当時に読者だった雑誌に影響を受けて後の人生が決まった、という人もいるかもしれません。ここでは、それら20世紀に発売されたマイコン・パソコン雑誌を取り上げ、紹介していきます。

 第16回目は、1984年に創刊されて1987年に休刊となった機種別パソコン雑誌の一つ、『Oh!HiTBiT』を取り上げました。

広告は、そのほとんどがソニーでした。パソコン本体やモニタ、ソフトだけでなく、時にはソニーのベータビデオデッキが広告として掲載されることもありました。

 今では、機種別ごとに雑誌を創刊できるほどPCハードの種類は多くないわけですが、1980年代はそれが成り立っていたほど、さまざまなメーカーが独自規格のパソコンを発売していました。この連載記事を読んでいる読者の方であれば、その時代に使った思い出のパソコンがあると思いますが、そんな中でも少々尖っていたハードとしての立ち位置を確立していたソニーのパソコンを対象にした雑誌が、日本ソフトバンク(当時)から発売されていた季刊誌『Oh!HiTBiT』です。

 創刊号が発売されたのは1984年3月28日で、ソニーから発売されたMSXパソコンのHB-75と、1983年11月にリリースされた独自規格パソコンのSMC-777が取り上げられていました。以降は、基本的に3ヶ月おきの18日に刊行されるペースで発行されていきます。ただし、創刊2号目は5月発売予定だったものが6月に発売されたり、8号目での次号予告が前号を流用してしまったためか8号目発売と同じ12月18日と書かれてしまうなど、色々と混乱もあったようです。この時期の奥付を見ると、編集部は1人体勢だったようなので、さもありなん、といったところですが……。ちなみに、筆者の記憶では通常の月刊誌は基本的に編集4人で回す体制だったので、季刊誌とはいえ1人+協力スタッフだけでは大変だったのが想像できるというものです。

 掲載されていた広告は基本的にソニーオンリーで、創刊から休刊を通してSMC-777とSMC-777C、MSXはHB-55やHB-75、HB-101、愛称MEZZOのHB-10、HiTBiT Uが愛称のHB-11など、MSX2がデビューしてからはHB-F5にHB-F500が取り上げられていました。

 機種としてはMSX勢の方が多いということもあり、創刊号こそSMC記事が6割から7割を占めていたのですが、徐々にその割合は逆転していき、10号目などでは勢力が入れ替わりMSXが7割から8割、SMCが2割ほどという比率に変化していきます。SMC機種は70と777、777Cしか発売されず、しかも最終機種のSMC-777Cが1984年4月21日に発表されて以降は特にこれと言った新情報も無かったので、そう考えれば致し方ないことではあります。とはいえ、休刊が見えてきた時期でもSMC-777用のマシン語ゲームプログラムなどが掲載されたりしていたのを見ると、数少なくなったSMCユーザーに向けた記事を欠かさず載せていたのは、さすがの一言。

『THE LINKS』と大和証券のホームトレード、そして東海クリエイトのワープロ『ユーカラJJ』SMC-777版が、一度だけ広告として掲載されるという、珍しいパターンもありました。

 本誌の内容は、この時期の日本ソフトバンクらしくややお固めの方向になっていて、機種紹介や言語“Logo”の記事の他、オリジナルユーティリティやオリジナル投稿ゲームなどが掲載されていました。また、SMCやHB-55、HB-75を生み出したSONYの開発者に話を伺ったり、MSXの生みの親である西氏へインタビューして「次世代のMSXは君たちの感性と情熱で作るんだ、ということを言いたいです」といった熱いコメントを掲載するなど、MSX雑誌としてこの時期に君臨していたアスキーの『MSXマガジン』とはまた違った方向でMSX界隈も盛り上げています。ちなみに、このインタビューは1986年春に行われたようですが、その時点でMSX本体は国内で140万台普及しているとのコメントがありました。

 あまり他では見られない、ブローダーボンド社の社長ダグラス・カールストン氏へのインタビュー記事も掲載されています。『ロードランナー』や『バンゲリングベイ』などで名を馳せたブローダーボンド社は、氏と弟によって立ち上げられたそうで、名前の“Broderbund”はスウェーデン語で“Brotherhood(兄弟)”の事だ、といったことが書かれていました。

 更なる特徴として挙げられるのが、毎号必ず掲載されていたCGに関する記事です。元々SMCシリーズが映像に強い、映像分野で使われていたパソコンだからということで始まったようですが、後にメインターゲットがMSXに移ってからもCG関連記事は載り続けました。また、テレビCMに登場していた“SONY”のロゴアニメーション、“It's a Sony”のロゴと文字のアニメーションなどを手がけたクリエイタへのインタビュー記事も掲載するなど、『Oh!HiTBiT』としてCG記事に力を入れていたのもわかります。

 他誌ではほとんど見かけないユニークなポイントとしては、読者コーナー“読者の広場”が広告とカラーページ、そして目次の次という雑誌の頭に近い場所へと配置されていたことではないでしょうか。一般的に、読者コーナーは雑誌中央にモノクロページがある場合はそこで、そうでなければ記事が終わった後の最後の方を陣取っていることが多いことを考えると、このページ構成を考えた担当者はもしかすると、読者との交流を大いに期待していたのかもしれません。

 こうして1984年3月に創刊された『Oh!HiTBiT』は、一貫して定価480円のまま合計12冊が刊行され、そして1987年の休刊で静かに役目を終えることとなります。