ボクたちが愛した、想い出のレトロゲームたち

徳間書店『テクノポリス』~想い出の“20世紀パソコン雑誌”たち~

表紙は、創刊から3冊は科学雑誌のような雰囲気でしたが、4号目からはタレントやアイドルを起用したり、CGやイラストが使われるようになります。創刊から1988年4月18日発売の5・6月合併号まではA4変形版で発行されてきましたが、翌6月号からは一回り小さいB5版にリニューアルされ、このタイミングで表紙をいのまたむつみさんが担当するようになりました。

 現在ではあまり見かけなくなってしまったものの、20世紀には数多くのマイコン・パソコン雑誌が発売されていました。中には、その当時に読者だった雑誌に影響を受けて後の人生が決まった、という人もいるかもしれません。ここでは、それら20世紀に発売されたマイコン・パソコン雑誌を取り上げ、紹介していきます。

 今回は、1982年に創刊されてから1994年まで発行された徳間書店のパソコン雑誌『テクノポリス』を取り上げました。

創刊号が発売されたのは、1982年の6月21日でした。アスキーから発売されていたASCII別冊『ログイン』創刊号には、その広告が掲載されています。

 1980年代には数々のマイコン・パソコン雑誌が発売されていましたが、最初は科学要素を多分に含んでいた雑誌も少なくはありませんでした。これまでに取り上げてきた中でも、小学館の『ポプコム』などがそうでしたが、今回ピックアップした徳間書店から発売されていた『テクノポリス』も、そのうちの1冊となります。

 1982年6月21日に創刊号が発売されましたが、その時のキャッチコピーは「マイコン入門雑誌」でした。あわせて「日本初のマイコン編集マガジン!!」とも謳われていました。これは原稿がワープロ・オアシス100を使用して書かれ、入稿はフロッピーディスクで、そして凸版印刷漢字情報システムにてコンピュータ処理するという工程を採用していたため、と創刊号に解説が書かれています。この時期の出版までの経路は、大ざっぱには原稿を原稿用紙に書いて、写植機によって写植印字するという作業を取ることが多かったのですが、本誌はいわゆるDTPの走りのような感じで時代の1歩先を行っていた、といえるかもしれません。

 創刊からしばらくは科学記事とマイコン・パソコン記事が共に並んでいる状態で、創刊号ではタモリさんの記事やモンキー・パンチさんのマンガも掲載されていました。しかし、2号目3号目でキャッチコピーを「PLAY SCIENCE MAGAZINE」へ、さらには4号目で「MICOM BEGINNER'S MAGAZINE」に変更し、表紙もタレント+CGにするなど、早くも方向を転換します。キャッチコピーはその後「ライトな時代のパソコン入門αマガジン」から「パソコン・ゲームベンチャーMagazine」「ちょっとカゲキなパソコン・プレイングMagazine」と変わっていき、最終的には紹介+攻略記事が掲載されるオーソドックスなパソコン雑誌へと変貌を遂げました。なお、創刊から4号目までは右綴じ左開きでしたが5号目からは左綴じ右開きとなり、この形式は休刊まで続きます。

パソコン雑誌といえば、表1(表紙をめくった次のページ)はほぼパソコンハードウェアメーカーの広告が占めることが多いのですが、『テクノポリス』は途中から自社の広告だったりソフトハウスの広告が入ったりと、ハードウェア広告が載っている印象が薄めでした。

 『テクノポリス』を代表する企画といえば、やはり(忍)(まるにん)簡単改造法を挙げる人が多いのではないでしょうか。パソコンソフト黎明期には、想像以上に難しいゲームも数多くありました。そういった作品を買って行き詰まり、そのまま投げ出してしまった……というときに、例えば残機を増やしたりステージセレクトで苦手な面を飛ばせるような改造方法が掲載されていれば、まさに渡りに船で、お世話になった人も多かったのではないでしょうか。

 しかし、このコーナーでBPS『ザ・ブラック・オニキス』のキャラクター改造法を掲載してしまったことから、BPSは同ソフトでのゲームクリア者への認定証プレゼント中止を発表。地道にプレイしていた人にとっては、迷惑この上ない話となってしまいました。RPGでキャラクターを強くしてしまえば、育てる楽しみは失うものの、そのくらいやらなければ先へ進めないバランスだった……というゲームであれば改造も致し方なし、という考え方もあるかもしれません。しかし、少なくとも『ザ・ブラック・オニキス』を普通にプレイしてクリアした筆者としては、RPGでの改造はちょっと、と今更ながら思ったりしました。

 ほかにも、表紙や記事中でCGを取り上げることが多かったため、さまざまなアニメキャラのCGがリストとともに掲載されています。投稿数もうなぎ登りだったようで、記事によると多いときには月に300本以上送られてきていたとか。ところが、1983年8月号の募集コーナーから「『少年サンデー』など、(株)小学館の雑誌に登場するキャラクタは、残念ながら最近、同社の方からテクノポリス掲載の御許可がいただけなくなりました。したがって、それ以外のキャラクタをお送りください」と書かれるようになり、小学館関連のキャラクターは誌面から姿を消すことに。以降は『魔法のプリンセス ミンキーモモ』や『風の谷のナウシカ』といったキャラたちのCGが、数多く掲載されていくことになります。

 CGコーナーだけで無く、アニメーターの佐藤元さんやマンガ家の矢野健太郎さんによるマンガでのゲームレビューや攻略が載っているのも魅力の一つでした。毎回、工夫を凝らした構成になっていたので、笑いながら読ませてもらった印象が残っています。

 また、他誌に先駆けていち早く同人ソフトを積極的に紙面で紹介するといったコーナーを設けていたのも、当時の雑誌としては珍しい点ではないでしょうか。このページを読んで同人ソフト制作を始めた人や、「コミケット」「パソケット」へ足を伸ばしたという人もいたかと思います。

 中でも個人的に注目していたのが、「HOT ACCESS to Techno Man」と題した、当時はゲームデザイナーなどの呼び方で親しまれていたプロのプログラマーをはじめとした、パソコン業界関係者へのインタビュー記事です。この時期のパソコンゲーム制作者は、かなり大きなソフトハウスのタイトルでなければ表に出てこないこともあったのですが、このコーナーでは大手ソフトハウス以外の開発者も取り上げていたため「あのタイトルはこの人が手がけていたんだ」などと知ることができた、ありがたいページでした。

『ウィザードリィ』のファンページ「OOPS!ウィザードリィ」は、アスキーのパソコン誌『月刊ログイン』に掲載されていた「WIZでござるよ」と対をなす名物コーナーでした。

 『テクノポリス』らしい記事としては、これ以外にも名作RPG『ウィザードリィ』のファンコーナー「OOPS!ウィザードリィ」や、1990年代に入ってからできたアダルト・美少女ゲームのコーナー「レモンちっくWORLD」、さらには雑誌の名前を冠したブランド「テクノポリスソフト」から『ななこSOS』『お嬢様くらぶ』『風の谷のナウシカ』をはじめとした数々のソフトを発売しているといった特徴もあります。

 本誌は約11年ほど刊行され、1994年3月号をもって休刊となりました。その後、2014年3月にイメージエポックから発売されたニンテンドー3DS用ソフト『闘神都市』に予約特典『やっぱり美少女いっぱいゲームMagazine テクノポリス 2014復活版』と題して1度きりの復活を果たし、その役目を終えることになります。